何度目かのコールのあと、小さな電子音がして、男の声が聞こえてきた。
『亜夜か? 珍しいなお前の方から連絡をしてくるとは。それで、決心はついたのか?』
 聞こえてくる暁の質問には答えず、自分の質問を切り出す。それが暁の質問に対する答えだった。
「今日、女の子に会ったの。〈もりたまり〉と彼女は名乗ったわ。5歳位の小さな女の子なんだけど……彼女もボーグを持っていたわ。でも彼女の中にD−エンジンはなかった……」
 そう、言いながらまりのボーグについて亜夜はかたり始めた。
『クマのぬいぐるみ? そうか……まだ稼動していたのか』
「やっぱり何か知っているのね?」
『知っていると言う程のことではない。それは……プロトタイプのボーグだ。他に2体存在するが、それぞれ逃走中でどこにいるのかまでは分からない。お前のように完成された〈人形使い〉とは違うからな。幼児退行はもしかしたら副作用なものかもしれない……。いずれにせよ、詳しいデータがなければどうしようもないことだ』
「データはどこ?」
『わからない。十中八九鷺宮博士の所だろうな』
 必要以上の事を言わないように注意している暁の口調に亜夜は諦めたようにうなだれる。
『ああ、そうだ。ボーグGの事だが、西村夕が夕べ郊外の山林で惨殺死体で見つかった。警察側は猟奇殺人ということで山林付近を捜査中だそうだ』
「な……、それって」
『恐らく……死体の始末のためだろう。これ以上内程惨たらしい死体を山林に捨て置けば警察でなくともその付近に近付く人間はいなくなるだろうからな1月もすれば近辺捜査も終わる。猟奇殺人ともなればまず間違いなくまともな職に就いている人間は疑われないからな。西村夕に比べれば、石坂有紀はまだしも救われたのだろう……』
「下手な慰めね。でも、そんなことに関係無く私は戦うわよ。まりちゃんとお母さんに約束したから……、だから……嫌でも私は御厨亜夜を名のらせてもらうわ」
『それは、願ったりだ。盛田万里には一応監視をつけたが良さそうだな』
 敵に回す訳にはいかないと言外に告げる暁に亜夜はもう一つ、黒服集団についても質問をした。
『この短期間にいろいろ有ったようだな? まあ、そちらも対処しておこうおれの予想が外れていなければ何とかなるだろう』
 そういうと、一方的に電話は切られた。
(相変わらず。一方的な……こっちから掛けた時くらいもっと話してくれてもいいじゃない)
 暁がにわかに忙しくなったこと等つゆとも知らず、亜夜は悪態をつきながらテレビをつける。暁から拾ったばかりの情報がそこには流れていた。ニュースでは猟奇殺人扱いである。淡々と語るキャスターの声はすぐ側で起こった殺人事件におびえる様子もない。

――尚、検死の結果。被害者は死後二日程とのことですが、並べておかれていた手足はその損傷のひどさから更に前のもの思われ――

(所詮は他人ごとなのよね皆……)
 そう呟く亜夜にも、以前程の感情のゆれはない。つけたばかりのテレビを消すと亜夜はベッドに寝転がる。明日からはまたもとの生活が始まる……。

 真夜中。本来ならば寝静まっているであろう研究室(ラボ)の入り口に三つの人影が立つ。三人は扉の前で両手にすっぽりと納まる程の珠を取り出すと、扉の識別センサーの前に差し出す。
「高鈴(カオリン)である」
「美鈴(メイリン)である」
「胡鈴(ホウリン)である」
「「「只今戻ったのである」」」
 内側から音もなく扉が開く。そこには銀髪に黒服の青年が立っていた。
「死体の処理は終わったのか?」
「おわったのである」
「遠くの山林に捨てて来たのである」
「誰も科学者の研究室に犯人がいるなんて思わないのである」
 どうやら語尾に「ある」を付けるのは彼女達の癖のようだ。この頭の痛くなるような会話にも、青年は顔色一つ返ること無く報告を聞いていた。
「それにしても、後始末は大変なのである」
「ロンがいなければ難しかったのである」
「でも、ロンがあれば一ッ飛びなのである」
「つぎはわれわれに任せるのである」
「あんな経験不足の新型よりもきっとうまくやるのである」
「でも、われわれが出て行くと楽しいごーもんの時間がなくなるのである」
「それは、こまるのである」
「やはり最後でよいのである」
「それでは、我々はおやすみなさいなのである」
 三人は代わる代わるにそう言うと一方的に話を切り、奥の方へ消えて行った。一連の会話には始終無表情だった青年も僅かに眉をしかめてしまう。
「柳家三姉妹か……考える余地はありそうだな」

 翌朝。
「失敗だったようだな」
「申し訳ございません」
 問いかけの声にオクツは悔し気に答えた。
「出方を考える必要があるようだな……」
 上官の声にオクツはハッと顔を上げる。作戦を打ち切り別のやり方を考えると言うのである。
「お待ち下さい。それでは……殉職者が報われません!」
「考える……と言ったのだ。当面の変更はない。だが、ボーグは一体ではないのだ。新たなボーグに対戦する度に殉職者が出ては痛手が大きすぎる。実は、今朝方当局宛てにこんなものが届いたのだよ」
 そう言って一枚の紙面をデスクの上に置かれ、オクツは一歩前に出た。
「これは……」
「どうやら相手も一枚岩ではないらしい。この文書の主は今日にでもここに来るそうだ」
「それは……、このものには我々があの場所に現れることが分かって……」
「そう言うことだな。なかなか、あなどれんよ」
 クツクツと笑う上官に、オクツは額然とした表情を向けた。
(最初から……、我々は……相手の手の上で踊らされたのか?)
 事実はそうではないのだが、彼らはそう思い込んでいたようである。少なくともオクツは……優秀と言われた彼女だからこそ、そう言う状況だったのだと思いたかったのだろう。悔し気に唇を噛む。
「受けるのですか。この話を……」
「人物を見てからきめることだ。それに……災いは根元から削除する必要があるだろう?」
 不意に、インターホーンが鳴る。
『お客様がお見えになりました』
「お通ししてくれ」
 上官が会話を終えるのを待ち、オクツは同席することを要求する。何としても相手の顔を拝んでおきたかった。

執筆:宮 万優美

つづく