その日の放課後。亜夜は、やっとの思いでクラスメイト達から逃れ、帰り道を歩いていた。転校生が話題の中心になることは、たとえ高校生であっても変わらない。しかし、自分は任務が終わり次第、ここを去る人間である。不必要に仲良くなっても、別れが辛くなるだけだ。
 あの学校の誰かが、『人形使い』……。一応、エサは蒔いておいたけど、上手く引っかかるかどうか。
 亜夜は、そんな事を考えながら歩いていた。
 エサとは、今日の朝に起きた騒動である。番格の西村夕に敢えて絡み、一瞬だけだが、わざわざボーグまで『出現』させた。少なくとも、全校生徒に亜夜の名は知れ渡ったことだろう。
 亜夜は、川沿いの土手を歩いていく。すると、向こうから一台のスクーターが近づいてきた。やけに甲高い音を発している。どうやら、改造しているようだ。
 スクーターは、無意味に空ぶかしをして蛇行してくる。川岸にいた一般人達は、その様子に恐れをなして、みな散り散りにその場を立ち去っていった。
 亜夜は思いに更けるのを止め、顔を上げてスクーターの主を見る。スクーターに乗っているのは西村夕だった。西村夕は、亜夜を睨み付けながらどんどん近づいてくる。
 亜夜は、溜息をついて立ち止まり、西村夕が来るのを待った。以前は口喧嘩をする事すら躊躇うような大人しい性格だったのだが、復讐という目的を持ち、御厨暁による地獄のような訓練を経た今では、自分でも自覚するほど戦闘的な性格になっていた。
「御厨亜夜……」
 スクーターを乱暴に倒し、西村夕は亜夜の前に立ちはだかった。
「なぁに? 昼間の仕返しをしに来ってわけ?」
 亜夜は、不敵に笑う。
「御厨亜夜……殺してやる……!」
 西村夕は、それには答えずに、いきなり殴りかかってきた。
「!」
 亜夜は、訓練された身のこなしでパンチを避けて、相手との間合いを取った。
「ちょっと、いくら何だって怒り過ぎじゃない?」
 亜夜は、ここで初めてファイティングポーズを取った。西村夕はゆっくりと近づいてくる。
「ねえ、聞いてる? あたしは、こんな事に構ってられる程……」
「殺してやる!」
 西村夕は尚も殴りかかってきた。どうやら、口で言っても納得する相手ではないらしい。亜夜は懲らしめてやることにした。
 西村夕は、左右のパンチを亜夜の顔面に目掛けて繰り出してくる。亜夜はその全てを避け、相手が大振りになるのを待った。
 その何発か後、大振りになった西村夕の右腕を掴むと、相手の勢いを利用して一本背負いを仕掛けた。相手は見事に宙に舞い、地面に叩き付けられる。そこへ、とどめの顔面正拳突き!……を寸止めにした。
「分かったでしょ? あたしに関わるのが間違いだって事」
 西村夕は、顔をしかめながら亜夜の顔を睨み付ける。そして、薄笑いを浮かべた。亜夜は、なんだか嫌な予感がした。
 予感は的中した。不意に西村夕の顔の前にある空間が割け、その中からメタリックな何かが飛び出してきた。亜夜は西村夕の右手を咄嗟に放し、思いきり後方に飛び退いた。
「御厨亜夜……」
 西村夕はゆっくりと立ち上がった。しかし、彼女の前に現れた空間のひび割れは消えない。
「あなたが人形使い!?」
「ボーグG、ゴー!」
 それには答えず、西村夕はボーグを召喚した。空間のひび割れからメタリックな、人間ほどの大きさのヒョウが飛び出し、亜夜に襲い掛からんとする。亜夜は素早く横に避ける。そして、そのまま土手の斜面を転がり降りてから立ち上がった。
「あたいのボーグには勝てないよ」
 そう言う西村夕の瞳には怪しげな光が宿っていた。
「まさか、転校初日に見つけられるなんてね」
 亜夜は、相手のボーグを観察する。どうやら動物型ボーグのようだ。通常武器は鋭い牙と爪だろうと、予測する。
「あたしの事も知ってるらしいわね。差し向けたのは誰? 鷺宮博士?」
「かかれ、ボーグG!」
 鷺宮博士によってDエンジンに組み込まれた服従回路で操られている西村夕が、亜夜の言葉を聞くわけはない。ボーグGは大きくジャンプして、亜夜に向かって襲い掛かってきた。
「ボ−グR、ゴー!」
 亜夜は叫ぶ。
 瞬く間に亜夜の前の空間が割け、そこから一体の人間が『出現』した。ボーグRは空中にジャンプし、ボ−グGに殴りかかる。その攻防は、早過ぎて良く見えない程であった。
 どうやら、お互いに相手の攻撃は避けられたようだ。土手の中腹に二体のボーグが降り立ち、互いに間合いを取る。
「なっ……!」
 亜夜のボーグを見た西村夕は絶句した。亜夜のボーグである「ボーグR」は、外見が亜夜に酷似していたからだ。
 髪の色こそ亜夜とは異なる金色をしているが、顔や背格好は亜夜にそっくりだった。両耳に付いている羽のような飾りとシルバーグレーのゴーグルを取って、黒い人工皮革の服から制服に着替えれば、亜夜と区別する事は難しいだろう。
 ボーグRとボーグGは、じりじりと間合いを詰めていく。
 ボーグ達の戦いに巻き込まれては、五体満足でいられる筈はない。ボーグ達で分かたれた亜夜と西村夕は、それぞれのボーグを操る事に専念する。
 ボーグRとボーグGの間合いはほぼ同じのようだった。二体とも、ほぼ同時に相手に向かって駆け出した。
 先に手を出したのは、ボーグRの方だった。ナックルガードを着けた右拳が、唸りを上げてボーグGに叩き付けられる。
「負けるな、ボーグ!」
 しかし、ボーグGも鋭利な爪でボーグRの右腕に切り掛かった。右腕部分の人口皮革が破れ、中の人工皮膚が見える。ボーグRはボーグGを蹴り上げて、再び間合いを取った。蹴り上げられたボーグGも空中で体勢を立て直して着地した。わずかだが、ボーグGの身体がぐらつく。
「くっ、あたいのボーグが押されてる?」
「畳み掛けろ、ボーグ!」
 ボーグRが、再び間合いを詰める。左のボディで相手の動きを止め、右を打ち下ろした。ボーグGがひるむ。
「よしっ」
「まだまだ! ボーグG、ヘルハウンド!」
 西村夕の命令にボーグは素早く反応する。ボーグGが口を開くと、牙部分がそのまま勢い良く飛び出し、ボーグRの左腕に噛み付いた。牙部分と本体は鎖で繋がっている。
「えっ!?」
「ボーグG、電撃!」
 ボーグGの身体が放電で光りだす。体内で発生させた高電圧は鎖を伝い、ボーグRの回路をショートさせようとする。ボーグRの動きが止まった。
「ボーグ!」
「ふふふ、あたいの勝ちだね。ボーグG、もっと電撃を!」
 それに答えて、ボーグGの身体にまとわりつく火花が大きくなる。ボーグRの左腕から火花が飛び始めた。
「もう爆発するだけさ」
 しかし、亜夜は諦めなかった。
「ボーグR、ワイヤードナックル!」
「な、なんで……!?」
 その時、西村夕は驚愕した。ボーグGの武器の中で最高の威力を誇る『ヘルハウンド』を受けて尚、ボーグRが動き出したからだ。
 ボーグRは亜夜の命令を受けて、右腕を後ろに引く。そして、ボーグGに向けて、そのまま突き出した。ボーグRの右拳部分が電磁石の強力な反発力によって切り離され、高速でボーグGの頭部に命中する。その衝撃で電撃が止んだ。ボーグRの右拳と本体は鎖で繋がっている。肩に内蔵されている巻き戻し用モーターで右拳は素早く元に戻る。
「もう一度! ボーグR、ワイヤードナックル!」
 再びワイヤードナックルがボーグGに命中する。ボーグRの左腕に噛み付いていた牙が取れた。
「な、なんて強さ……」
「とどめ! ボーグR、高周波ブレード!」
 ボーグRは、右手で左耳に付いている羽型の飾りを手にした。羽型の飾りは「ヒィィィィィィィン……」という高周波音を発し始める。
 本能的な身の危険を感じて混乱したのか、ボーグGはボーグRに向かって走り出した。ボーグRは、高周波ブレードをボーグGに向かって投げつける。
 高周波ブレードとは、きわめて高い周波数で自発的に振動する金属片で出来ている。その刃は走ってくるボーグGの右半身に突き刺さり、その身体を切り裂いた。

執筆:右京

つづく