可憐なモモチーの華麗な一日。(3)
午後は擬態獣が現れる事もなく平和にまったりと過ぎていき、そして定時を迎えた。食堂で軽く和風サンドイッチをつまんだあと、私はコナミちゃんを誘ってベース内のプールへと足を運んだ。この時間だから誰もいないだろうと言う予想を裏切って、水面には白いワンピースの水着をまとった人物がゆったりと泳いでいるのが映っていた。しばらくして水からあがってきたのは、静流さんだった。
「あ、お疲れさまです、静流さん。こんな時間に泳いでいらっしゃるんですか」
デッキチェアの方に歩いて来た彼女に、ぺこりと頭を下げる。
「あなたたちこそこんな時間にどうして?」
静流さんの問いに、私は肩をすくめて答える。
「実は、ダイエットだったりするんです」
その言葉に反応したのは静流さんではなく、横にいたコナミちゃんだった。驚いた目で、じろじろと私の身体を見つめる。
「そのナイスバディで、ダイエットって……。モモチー、なんでまたそんな」
「これでも太ったの、二キロも。ナイスバディなんかじゃないし」
私は、自分の脇腹の肉をつまんでコナミちゃんに見せながら、軽くため息。
実は、そんな理由でここ数日毎日勤務の合間を見つけては泳いでいたりする。けれども、泳ぐと疲れちゃって朝寝坊して遅刻しそうになるから朝ご飯食べられない日が続いてて、お昼にちょっと多めに食べちゃったりしちゃうのよね。……これって、悪循環ってやつかしら。
「それでダイエットって言ってるモモチーがすごいわ。あたし、到底まねなんか出来ないよー」
はーっ、とため息ついているコナミちゃん。
「コナミちゃんは大丈夫だよ。多分」
ニッコリ笑ってフォローの言葉を掛けてあげるとコナミちゃんはがっくりとうなだれた。
「たたたたた多分って、モモチー、それはないんじゃ……」
いやだって、ダイエットというか、自分にとっての理想体型あるいは理想体重ってのは自分しか判らない訳だし。それを私がどうこう言っても、自分がなんとかしないと、ねぇ。
私の個人的観点から言わせてもらえば、全体的にもうちょっと絞った方がいいかもしれない。あと、お尻は多少小さい方が胸とのバランスが取れていいと思うんだけど。などと、上から下までコナミちゃんの体型をチェックしていた私の耳に、静流さんの声が聞こえた。
「私からしてみれば、あなたたちは充分いい身体してると思うわよ。そこまで気にかける事はないんじゃない?」
静流さんはドライタオルを使って髪の毛を拭きながら、がっちりとフォローしてくれる。でも、静流さんにフォローされると虚しいな、と私は思う。
しまる所はしまり、出るとこは出てる。豊満だけど形の整ったバスト、ウェストからヒップへのライン、ヒップから足首までの流線的な流れ。静流さんの体型は女の私から見てもウットリするほど。どこをとっても素敵だな、と思えるんだけど。
──一つだけ欲を言わせてもらえるなら、やっぱりお尻はほんの少しだけ小さい方がいいんじゃないかな、とは思うんだけど。
「そんな事はないですよ静流さん。今からちゃんと鍛えておかないと、年齢を重ねた時の身体のラインが怖いですもん。大きいだけだと脂肪のかたまりですから、将来必ず重力に負けそうですから」
私の返事を聞いた瞬間、静流さんの手が止まった。こっちを振り返り、ニッコリ笑ってくる。
「そうよね。ちゃんと鍛えて筋肉と贅肉のバランスを整えておかないと、将来危険だものね。若いうちから何事もやっておかなきゃ」
「そうですよね。ちゃんとやって綺麗なライン作ります」
「モモチー、モモチーってばっ! ちょっとこっち来てっ」
ふふふと微笑みあっている私たちの間に、コナミちゃんが割って入って来た。うー、折角楽しい話題してたのに。頬を脹らませて拗ねる私におかまいなしにコナミちゃんは私をずるずるとプールの端まで引っ張っていき、背伸びで私に耳打ちをして来た。
「モモチー、静流さんのこめかみ、よく見るとピクピクしてるじゃない。いくらなんでもああいう言い方したらダメだよ。怒っちゃうにきまってるじゃない。静流さんの方が年上なんだから、『今そういう風に泳いでても遅いんじゃないですか?』って言ってるようなもんだよ?」
「うわー、コナミちゃんたら腹黒いセリフ言ってるー」
「……モモチーだけにはそれは言われたくないわ……」
「え、私腹黒くなんかないよ。もしかしたら考えた事が口から出ちゃっているかもしれないけど。さっきの事だって事実は事実だよ?」
「天然かいっ!」
コナミちゃんは私にツッコミを入れ、頭を抱えた。私はコナミちゃんの言葉がどうしても理解出来なかった。黒いって言われても、私は自分の思った事を口に出しているだけで、天然っていうのもよく判んない。変なコナミちゃん。
けれど改めて静流さんの方を見ると、コナミちゃんの言う通りこめかみがちょっとひくついているし、口元もちょっと怪しい。本当に怒らせちゃったのかなぁ……?
とりあえず自分のどの言葉が静流さんのお怒りに触れたのかは理解出来なかったんだけど、謝っておこうと口を開いたときだった。
「あれ? 皆何やってるんだこんな所で。泳がないのか?」
猿渡さんが、不思議そうな顔をしながら入り口に姿を現した。その場にいた人間の興味は先ほどの会話から彼へと向けられた。揃って首を猿渡さんの方に向け、しばし全身を見つめ、一気に笑い出した。
なぜなら、彼が穿いていたのは……競泳用ビキニ!
ありえない、ありえないわ、猿渡さんのビキニ姿! ここで会うのが初めてな私たちはともかく、何度も一緒に泳いだ事があるであろう静流さんが吹き出しているんだから、この水着はおニューっぽい。しかし、似合わなすぎる!! あーだめ、笑い過ぎで酸欠っ。
文字通りお腹を抱えて笑う私とコナミちゃん、我慢しようとしているんだけどこらえきれなくて、横向いてくすくす笑う静流さんに、最初猿渡さんはあっけにとられていたんだけど、そのうちぶつぶつ文句を言い出した。
「これ、そんなに変かぁ? 杏奈が『ゴオちんこれ似合うから、必ず穿いて泳いでね』って、ニコニコしながら渡してくれた水着なのに」
杏奈ちゃん、ニコニコしてたんじゃないわね、絶対ニヤニヤしてたんだと思うの。猿渡さんって杏奈ちゃん一途で、彼女の言う事なら何でも信用しちゃうから、からかわれている事に気づいてないんだわ。
「猿渡さんって、実は天然ボケですか?」
思わず問いかけてしまうと、猿渡さんの後方から声が聞こえた。
「そうね、どっちかと言えば周りの事に注意がいかないだけで、天然ボケではないと思うわよ」
静流さんが、笑い過ぎで目尻に浮かんだであろう涙を拭いながら返した答えを聞いて、猿渡さんがギロリと視線をこっちに向けた。
「……どういうことだ?」
射るような瞳をものともせず、ペロリと舌を出して肩をすくめる。そして、とどめの一言。
「実は杏奈ちゃんにからかわれてるのに気づいてないのが天然なのかなーって思ったんですけどね。平和でいいですよね、猿渡さんって」
「……ぷっ、モ、モモチーそれ、言い過ぎだからっ……アハハッ!」
止まっていたはずの笑いがまたこみ上げたらしく、息も絶え絶えになりながら、ツッコミを入れるコナミちゃん。
「く、く、くそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
男泣きに泣きながら、ダッシュでプールに飛び込み、猛然と泳ぎ出す猿渡さん。
「あらあら、ゴオってば大人げないのね」
やれやれという顔をしながら、こっちにちらりと視線を送る静流さん。
「猿渡さーん、あまり泳ぎすぎると明後日筋肉痛になっちゃいますよー」
と、追い討ちをかける私。
その光景は結局偶然近くを通りかかった博士によって一喝されるまで、続いたのだった──。
ふう。今日は結局泳げなかったなぁ。着替え損だわ。
あの後揃ってプールを追い出され、仕方なく私は自室に戻って来ていた。泳げなかったのはダイエット中の身としては痛かったけど、笑ったおかげでカロリーも消費出来たし、面白かったから良しとしておこうっと。
でもまあ、とりあえず泳げなかった代わりに半身浴をしておこうと決め、バスタブにお湯を張り、ゆったりと下半身だけつかりながら私はさっきの出来事を思い出し、くすくす笑った。
実は猿渡さん、あの後博士にも笑われたのよね。皆が一喝されたあと、自分は何もしてないって抗議しようとプールから上がった瞬間に大爆笑されて。あれは本当におかしかったー。誰だって笑っちゃうわよね、あのビキニ姿じゃ……あ。
猿渡さんの競泳ビキニを思い浮かべた時、私は唐突に思い出した。今日の朝、起き抜けに忘れてしまった夢の内容を。
「そうそう、そうだったわ、思い出した思い出した。続き、上手く見られないかしら」
こっそりと独り言。
どんな内容かと言うと、それは、猿渡さんが杏奈ちゃんと大げんかして、下着一枚で放り出され、ベース内でうろうろしている所に私が出くわした──という、面白い夢。
これは是非続きを見なきゃっ! で、思う存分からかい倒してあげようっと。
嬉々として急いでお風呂からあがり、パジャマに着替えてベッドに直行。電気をリモコンで消し、寝る準備。
──どうか、必ず昨日見た夢の続きが見られますように──。
もう一度願って、私は瞳を瞑った。
追記。
その日の夢はちゃんと昨日の夢の続きで、私は猿渡さんを思いきりからかい倒し、彼は思わず海まで逃げ出した、というステキな夢でした。
ああ面白かった♪
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