乙女の秘密

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 ○月×日(△)晴
 ダンナーベース、杉山チームに所属してから早1週間。教えられた事を黙々とこなしていくだけで精一杯。
 チーフは厳しいけどちゃんとした人だなって思った。奥様の事を話す時のあの笑顔は何度見てもすごいなって思う。
 柳沢さんもなよっとしている割にはロボットの事には詳しいし、他の先輩たちもしっかりと仕事を教えてくれるから、この先もどうにかなると思うんだけどなぁ。
 自分で整備方面に進む事を決めたとは言え、大学入ってからその道の勉強したからいまいちついていけない気もしたんだけど、この調子なら大丈夫よね。
 
 それにそれに! 今日はものすごくいい事もあったし!
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 ここまでを今時あり得なさそうな鍵付き日記帳に書き留めたあと、さくらはほうっと感嘆のため息を漏らした。
 今日あった出来事がまざまざと、今目の前で展開されているかのように思い出す事ができる。
 握っていたペンをころりと転がして、さくらは両肘を机について手を組み、顔をその上に乗っけてしばし今日の出来事に心を馳せた。
 思い出すだけで心がドキドキして頬が熱を持ち、頭がぼうっとしてくる。
 その状態のまま、またおもむろにペンを取りさくらは続きを書き始めた。
 
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 ベース内勤務に就いて1週間。ようやく忍くんの姿を直接間近で見ることが出来たの!
 ロボット乗りの忍くん、ものすごくカッコいい!
 昼間擬態獣が出た時杏奈もミラさんもいなかったから、珍しく男の忍くんがロボに乗って(なんとか汚染率が低かったから、とかチーフが言ってた気もするんだけど)戦闘に行って、そこでネオダイバーがダメージ受けちゃって、どんな状態か気になって帰還した所に走っていったら、忍くんが降りて来たの!
 判ってるんだけど、やっとモニタ越しじゃなく、本物の忍くん(しかもパイロットスーツ)にときめきすぎちゃって、直接視線を合わせる事が怖くって、思わず柱の陰に隠れちゃった。
 あーん、もったいないー。
「忍くん、久しぶり! 元気だった?」くらいはきっと言えたはずなのに……。
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「どうして、あそこで声掛けられなかったんだろうなぁ」
 ぷうと脹らませたほっぺをペンの後ろでつつきながら、さくらは自分で自分を叱咤した。あの時の自分が積極的に行動できなかった事に情けなさと憤りを感じる。
 正直、高校時代はさくらはずっと忍の姿を見ては追いかけ回し、ことあるごとに迫っていた。「忍くぅ〜ん」と名前を呼ばない日はなかった。昔『恋する女は強い』と言う言葉を友人たちから聞いた事があるが、あの頃の自分はまさしくそんな感じだったんじゃないかと思っていた。
 けれど。
 大学に入った頃からそれはなかなか実現するのが難しい状況になっていった。忍の専攻はパイロット、さくらの専攻は機械工学。学科が違うだけですれ違ってしまう日々。その上、忍は少しづつではあるがダンナーベースでも訓練を受けるようになり、大学に出てこない日も増えていった。学生生活ラストの方など、彼の存在自体が大学構内になかったと言っても過言ではなかった。
 だからだろうか、今日久しぶりに彼の姿を見かけたとき、声を掛けられなかったのは。数年ぶりの再会に心がついていかなかったのだろうか。
(ひなやけいはいいなー。オペレーターだもん、通信機越しとは言え、彼と直接話せるんだもの。羨ましいな)
 それにひなとけいはオペレータだからベース内に自室がある。さくらはベース外の自宅から通っている。それは彼女にますます忍との距離を感じさせるものであった。
(あーあ、忍くんと話がしたい。前みたいに普通に友達としてでいいから)
 これ以上書くと日記が愚痴だらけになりそうだったので、書くのを中断し、さくらはベッドの中に入った。
 
 
 その運命の再会から五日後、さくらはまた忍に直接会う機会が与えられた。
 それはネオダイバーの定期点検の場であった。本来ならば新人のさくらがそこに居合わせる事はあり得ないのだったが、先輩の一人が風邪で倒れてしまい、人手が足りないため、代理という形で参加出来る事になったのだ。
 それを最初に杉山から聞いたとき、さくらは思わず自分のお尻をつねってみた。夢かと思って。でも痛かった。夢じゃなかった。嬉しくてネオダイバーの方に向かいながらスキップしてしまう。でも、はたと立ち止まった。
(忍くんに、どうやって声かけたらいいんだろう……)
 脳裏に昨日の自分の失態をがまざまざと甦る。どうしたらいいか判らず何もできなかった自分。今日はそんな事がないように、
 久々に会う知人のように声を掛ければいいのだろうか、それともパイロットと整備士という関係の感じで、声を掛ければいいのか。
 格納庫まであと十メートルの地点で、さくらは立ち止まって考え始めてしまった。そこに、杉山の怒鳴り声がひびく。
「高谷、何やってるんだ、早くこーいっ!」
「は、はい、了解です!」
(あーん、忍くんがこれ聞いてたら会わせる顔がないよー)
 ダッシュで格納庫へ。さくらの予想通りそこにはもう忍がいて、こちらを不思議そうに眺めていた。その視線に気づいたさくらは顔を真っ赤に染めてしまう。
 昨日のパイロットスーツ姿も良かったが、今日の私服姿もさくらにはまぶしく思えた。さっきの出来事もあり姿を見せるのが恥ずかしかったので、こそこそ柳沢の後ろに隠れてしまう。
「なにやってるの高谷さん、ほら、チェック項目このシートに書いてあるから、言われた事チェックして。項目にない部分はメモしてくれる?」
 その行動に眉をひそめた柳沢がさくらを背後から引っ張り出し、紙を挟んだバインダーとボールペンを握らせてきた。
 視線を合わせて笑われたりしたら立ち直れない、と思ってその先無言のまま無我夢中で点検に参加した為、やっぱり今日も彼と直接話す事はできなかったのだった。
 

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