神魂合体ゴーダンナー!! エピソードEx.

恒例! ダンナーベースかくし芸大会!!

 

 

  プロローグ

 

 潮風が頬に心地よい。陽射しは暑くもなく、かといって照りつけてくるわけでもない。まるでこの日のために用意されたかのような、絶好の宴会日和だった。
 ダンナーベースの広域警戒スピーカーから、周囲に午後二時を告げるサイレンが鳴り響く。
「みんな、用意はいい?」
 それを合図にしたかのように、浜辺を取り巻く波消しブロックの上に静流は仁王立ちになる。布地のほとんどない白いハイレグワンピースの水着を輝かせながら立った彼女は、右手に持った特大ビールジョッキを高々と揚げると、通る声で女王のごとく高らかに宣言した。
「ここにダンナーベース恒例、初夏の大宴会の開催を宣言します!」
 男どもの怒声と女たちの嬌声の上がる中、胃の腑に一気に八〇〇ミリリットルを叩き落すと、空いた左手で口元を拭いながら静流は再び高らかに宣言するのだった。
「おやじさん、おかわりッ!」

 

  1

 

 五年前の大戦で大破した旧ダンナーベースが放棄され、現在のダンナーベースドックが完成した時、その完成を祝って葵霧子博士が提案したのが「ベース総出の宴会」だった。もともと呑んで騒ぐのが好きだった霧子と、当時落ち込んでお話にならない状態だったゴオを励ますべく静流が仕組んだ会だったのだが、その規模は瞬く間にベースの年中行事に昇格し、今ではベースに勤務する人間にはなくてはならない憩いと息抜きの宴へと進化していた。
「あたしね、このお祭りだけはベースに来ていいって言われてたの」
 杏奈が傍らのゴオに言う。ゴオはこし餡のたっぷり載ったくし団子を頬張りながら、作戦司令室のモニタ越しの宴会風景を見ていた。振り向きもせず、団子に集中したままゴオは答える。
「ああ、お前、近所の子のふりして、いつも紛れ込んでいたもんな。イカ焼き買ったりヨーヨー吊ったり、あ、射的の腕も悪くなかったよなあ」
「ねえゴオちん、憶えてる? 三年前かなあ、ゴオちんが芸をしなくちゃならなくなったとき、ゴオちん《殴られ屋》やったじゃない」
「そんなこともあったな……」
 ゴオは団子を総て頬張ったあとの串を右手でぶらぶらと弄びながら、三年前のことを思い出していた。
 ベース主催で野外の大型宴会が開かれることは、地元でも話題になった。結果的に秘密主義になりがちな戦闘区域であるダンナーベースが、周囲に打ち解けられるきっかけともなる重要な宴を、周囲が黙って見ている手はなかった。昔からあった地域の祭りのごとく屋台が出、ぼんぼり提灯でライトアップが成され、浜辺にやぐらを組んで本格的な盆踊りまで催された。
 かくして、第一回の宴は大成功に終わった。だが、地域住民との交流を拒むわけではないが、霧子はもっと内輪が弾けられる会にしたいと思っていた。みんなで呑むのは楽しい。屋台も盆踊りも楽しい。でも、もっと面白いことはないか、楽しく呑める方法はないか──。
 霧子の次なる提案は、「かくし芸」だった。
 誰が、と指名したわけではない。だが、いつしかダンナーベースの中ではかくし芸対策として派閥が組まれ、宴会の日が近づくにつれ「誰が何をするか」でぴりぴりとした空気が流れるようになっていった。
 噂が噂を呼び、仕事に集中できない所員が増えだしたのを知った霧子は、ひとつの提案を持ち出す。皆のぴりぴりとした空気を逆手に取り、ダンナーベースを二派に分けたのだ。
 ひとつはパイロットチーム、ひとつはメカニックチーム。内務を勤めるその他の部署は、個人の判断でどちらについてもいいことにした。この組の中から代表が芸を見せ、翌年はもうひとつの組が芸を披露する。勝敗を決したり、褒章が出たりするわけではないが、プライドと芸人魂が勲章だった。
 初めてのかくし芸、トップバッターはパイロット組だった。そこでゴオは《殴られ屋》を演じたのだ。
 ゴオは客の中から立候補した相手と、グローブをつけた状態で殴りあう。一ラウンド二分とし、最初の一分間はゴオはただ逃げるだけである。相手がゴオのガードをくぐって攻撃を当てた場合は客の勝ちとし、霧子から豪華景品が出る。一分を過ぎてまだ挑戦する相手には、ゴオは一度だけ拳を揮っていい、というルールだった。
 挑戦者は会場で決まり、メカニックから二名、観客から二名、ここまでで賞品の出る相手が出なかった場合、最後の敵はパイロットチームから出ることが内定していた。余興だと割り切るにはゴオはまじめ過ぎたし、この時期はまだ気持ちの整理が完全についていないころだった。ゴオの性根をガツンと一発叩きなおすつもりで、静流はその宴会中酒を断ち、最後の敵として立ちふさがるべく体調を整えてスタンバイしていた。
 浜辺に設えられた簡易舞台の袖、舞台裏でフットワークを使う彼女の耳に歓声が聞こえたのは、ゴオの四人目の相手──杉山が降参し、校長と時間切れドローし、おやっさんを殴り倒した後の、飛び入り参加の中学生との手合いの中でだった。
 舞台と袖を遮断するカーテン越しに会場を見て、静流は息を呑んだ。身長一九九センチのゴオが、身長一五〇センチあるかないかの女の子に翻弄されている。しかも、ゴオが手加減をしているようには見えない。少女のフットワークは決してゴオを上回るものではなかったが、ゴオの伸ばす腕の先を確実に見据え、紙一重とも呼べる至近で彼の拳をかわし続けているのだ。
 ゴオが拳を揮っている、ということは後半一分だ。彼女は校長同様、時間切れのドローを狙っているのか──だが、いかに優れた動体視力を持って拳の先を読んでかわし続けているとはいえ、一分という時間は彼女にとって酷な永さだった。華奢な脚には震えが走り、その膝は今にも笑い出しそうになっている。静流は少女の行く末を想い、視線を逸らしてしまう。本気のゴオは、彼女にとどめを差してしまうかもしれない──。
 一瞬の隙だった。歓声がどよめきに変わり、大歓声へと変貌していた。
 ふたたび顔を上げた静流の目に最初に入ってきたのは、ぴくぴくと脈打つように震えながら前のめりに倒れこんだ巨漢の背中だった。その背後に、笑い出した膝を無理に奮い起こし決まらないガッツポーズを取る少女と、その少女に抱きついて舞台の袖に連れ込もうとする霧子の姿もあった。少女は真紅のグローブを脱ぎ捨てると、親指を立てて叫んでいた。
「ちょろいぜ、猿渡!」
 無論、飛び入り参加の少女──霧子がそのまま奥に引っ張っていってしまったので最後までその名は明かされなかったが──は反則負けとなり、景品にありつくことはできなかった。もっとも、静流もゴオと闘うことはできなかったのだが。
「いま思い出しても冷や汗ものだよ。お前の正体がいつばれるか、ひやひやしながら闘っていたのを憶えてる。あと、焦ったからとはいえ、おれのパンチをことごとく見切ったお前の目にはびっくりだったっけなあ」
 ゴオは五本目の串を容器に放り込み、ちらりと杏奈を見る。杏奈は頬を染めて俯いていた。
「だって、あそこ、あんなに痛いだなんて知らなかったから……」
「もう勘弁な。使い物にならなくなっちまったら責任とってもらうからな」
 赤くなった杏奈を尻目に、ゴオは六本目の団子を頬張った。

 

  2

 

「昨年の! かくし芸の覇者! 藤村静流さんに! 今年はわれわれ! メカニックチームの窮極コンビで! 挑戦します!」
 酔った勢いもあってか、スタッカートの効いた喋り口調で杉山が叫ぶ。拡声器によって何倍、何十倍もの音量になったその声は、ダンナーベースの周囲数キロに渡って鳴り響いていた。
「この芸は! 昨年の! パイロットチームの芸! 『静流・光司の爆笑漫才』を! 超えるために! 特別に! 葵霧子博士の! 許可をもらって! お送りいたします!」
 杉山はダンナーベースの格納庫からマイクを使って話をしている。その姿は浜辺にいる観客には見ることができない。だが、その口調から、酩酊して興奮している杉山の顔を想像することは比較的容易だった。その拡声器の杉山の声に負けない音量で、酔った勢いの静流がハンドマイクを振り回して浜辺の会場から返す。
「望むところです! メカニックチームの芸に期待します!」
 おおっ、と歓声が会場のいたるところから上がった。いよいよメインイヴェント、かくし芸大会の開催である。スピーカーによって増幅された息を吸う音のあと、杉山は喉も破れんばかりに絶叫した。
「では! 行きます! 見ていてくれ、アッニータ! 司令、どうぞ!」
 えっ、と会場全体に驚愕の吐息が漏れ出し、静流は思わず振り向いた。そこには、さらに一段高いところにいて腕組みをし、ヘッドセットにワイヤレスマイク、丸い鼻眼鏡にカイゼルひげの影丸が仁王立ちになっていた。
「ダンナー、オクサー、発進!」
 酔った勢いで普段の倍以上の声量となった指令が飛び、作戦司令室のモモチーとコナミが出撃体制を確認する。発進カタパルトが準備され、陽光に輝く鋼の機体がいまにも飛び出さんと鉄路に躍り出る。
「ゴー!」
 ジェットボーイの強烈なバックファイアを背に、二機のハンターロボは巨体を蒼空に踊りださせた。大きく弧を描き、二機は白い飛行機雲を引きずって沿岸を滑空する。浜辺からは拍手喝采が鳴り響き、宴会は最高潮になっていった。
「ふう……」
 モニタから眼を離し、コナミはシートのドリンクポケットに入れていた飲み物に手を出す。そこに入っているのは微炭酸の茶色の液体だが、コナミが本来飲みたい代物ではない。
「はあ、あたしも一度でいいからあそこでみんなとビール呑みたいなあ」
「だめでしょコナミちゃん、わたしたちの立場を忘れちゃ」
 そんなコナミを、モモチーは垂れた眼で睨みつける。本人は睨んだつもりなのだろうが、コナミにはそのような柔らかい威圧など何の意味も持たなかった。
「だってさ、オペレータにだって交代要員とか必要だと思わない? あたしたち働きすぎよ絶対に。コーラ、飲む?」
 ストローをすぽんと紅い唇から離し、プラコップをモモチーに向ける。そんなコナミのがさつな行動に、モモチーは思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「わたしたちがここを離れてへべれけに酔っ払ったら、スクランブルのときはどうするの? 日本周囲、いったい何キロをわたしたちだけで監視していると思っているの! コスモベースがあの状態なんだから……」
 モモチーの激しい反論を、コナミはコーラのひと吸いでかわし切る。液体が猛烈な勢いで細い管を吸い上げられていく耳障りな音が、静かな作戦司令室に鳴り響いた。
「あら、それはそうだけど、あたしたちだって遊びたい盛りの女の子じゃない。モモチーはモテるからいいかもしれないけど、あたしはもっと太陽の下で遊びたいわ。かっこいい男の子だって浜辺にはいるかもしれないしさ」
 すこっと間抜けな音を立てて、プラコップがドリンクポケットに戻る。それを合図にしたかのように、一度は黙ったモモチーが再び怒涛の反論モードに入った。
「コナミちゃんねえ、あたしたちの立場を本当に理解しているの? あと、厭味ならもっとストレートに言ったら? わたしモテないわよ、ほんとうにモテないわよ。あたしね、あたしより背の低いひとって見えないから誰がどう思っているのかなんて判らないこともあるけど、でもねコナミちゃん、あなた知ってる? ベースじゃあなた、彼女にしたい所員ベストスリーに入っているのよ? あたしなんかよりずーっと人気あるのよ。それなのに、浜辺でナンパ希望なの? コナミちゃんこそ、もっと周りをよく見たほうがいいんじゃないの?」
「……」
 コナミが押し黙る。それは、来るべき決戦に備え、戦力を温存するべく隊を動かさない戦国武将のごとき采配だった。モモチーはそのコナミの行動の真意を測りかね、さらに止まらなくなった口を高速駆動させていった。
「わたしだって呑みたいわよ、ビール大好きだし、じりじりと焼けるような熱い陽射しの浜辺で呑むビールのおいしさだって知ってるわ。でもね、この仕事とビールを両天秤にかけるようなことはしちゃいけないと思うの。しかも、ナンパ? 男がらみ? ああいやだ、だめよ、おかしいわコナミちゃん、あなたいつから男日照りなの? 彼氏がいないってそんなにつらい? さみしい? 呑みたいならわたしを誘いなさいよ! なんで誘ってくれないの? 居酒屋の男の視線をすべてわたしが奪ってしまうから? 美しさは罪?」
「……はじまっちゃったよ」
 ゴオは九本目の串をトレイに投げ捨て、空いた右手で頭をかいた。復刻版メローイエローのアルミボトルを口にしながら、杏奈がゴオを見上げて訊く。
「あのふたりって、いつも仲いいじゃない。わたし、口論してるふたりって始めて見たかも」
「毎年毎年、オペレータだけは蚊帳の外だからなあ。いくら今日が特別な日だからって、監視を怠るわけにはいかねえしな」
 ゴオは杏奈の手からアルミボトルをひょいと奪い取ると、無造作にメローイエローを飲む。杏奈はそんなゴオの自然な動きに我を忘れて見とれてしまうが、ボトルを返してもらった段階でまた赤面してしまう。
「ゴオちん、間接キス……」
 左手にあるトレイには、九本の串と一〇本目の団子がある。ゴオは最後の団子に手を伸ばしながら、杏奈の呟きに似た抗議に生返事を返す。
「ん? ああ、わりい。気にすんな」
 杏奈は頬を染めながらも、何か言わねばならないような焦燥に襲われ、思いついた疑問を深い考えもなしに口に出した。
「ところでゴオちん、今日はなんで特別な日なの?」
「ああ、この宴会が開かれる日ってのが、ダンナーベースにとって特別な日なんだ」
 最初の宴が開催されたのは、ダンナーベースドックが完成した日──すなわち新ダンナーベース創立の日だった。だが、現在宴会が行われている日は、創立記念日とは関係がない。この日は、後日霧子が計算で求めて編み出した「ダンナーベースが一年でもっとも安全で平和な日」なのだ。
 過去の擬態獣の発生データ、世界的な事件事故のデータベースの集計、各所員の知りうる限りのバイオリズムの変化、そして霧子が関心を持つ限りの宿曜・風水・占星術の統計値──ありとあらゆるデータが照合され、解析され、この日こそが「擬態獣の発生率がもっとも低い日」であると判断されたのだ。
「だから俺たちは、今日のことを『安全日』って言ってるんだ──」
「『特異日』だ」
 背後からの突然の声に、ゴオは飛び上がって驚く。そこには、一升瓶を持って眼鏡の奥の眼をがっちり座らせた霧子が立っていた。
「ゴオ、杏奈に間違った知識を吹き込むな。ほら、先回りしてゆでだこになっちまった」
 霧子の右手は一升瓶をがっちり掴んでいたが、その人差し指だけがにゅっと伸びた。紅く彩られた爪の先には、赤面に赤面を重ね、顔面はおろか首といわず胸といわず、ありとあらゆる皮膚が真っ赤になった杏奈がいた。
「ほおらゴオ、娘を辱めた罰だ! 呑め呑め!」
 言うが早いか、霧子は一升瓶を大きく振りかざすと、頭上高く持ち上げた。見事なコントロールで、瓶の先をゴオの口の中に突っ込んでくる。ゴオはあまりの早業に、流れ込んでくる酒を拒むことすら忘れて呆然と立ち尽くしていた。
「杏奈! 夫婦は一体、お前も同罪だ!」
 切って返した瓶の先は、これまた見事に赤面して硬直した杏奈の半開きの口を過たずヒットしていた。母の胸で乳を吸う赤子のごとく、杏奈はまったく自然に流れ込む酒を受け入れていた。
「いいぞ、それでこそわが娘! わが息子! さあ、こんな辛気臭い場所に突っ立ってないで、向こうで呑むぞ!」
 有無を言わさぬ強い口調で、霧子はゴオと杏奈の肩を両腕をいっぱいに伸ばしてがっしりと捕まえていた。急激な飲酒によって前後不覚になったふたりは、成すすべもなく霧子に押されて作戦司令室を後にした。

 

  3

 

 ダンナーとオクサーは数回の旋回ののち、ジェットボーイから切り離され、宴会場となっている浜辺とは数百メートル離れた遊泳禁止の浜辺へと降下していった。膝のダンパーを全開にしても、ダンナーはその着地の衝撃を逃がしきれない。思わずよろけ、巨大な掌を砂浜と波消しブロックに叩きつけてしまう。オクサーも同様、尻餅をついて飛沫にまみれていた。拍手喝采と笑い声がほぼ同じ音量で、浜辺にうねりのように鳴り響く。
 もう一機のジェットボーイが、ダンナーベースから射出されていく。イエローエッジのジェットボーイがその腕に掴んでいるものは、いつものコアガンナーではない。何か巨大な布状のものだった。タイミングを見計らって、杉山がマイクをうならせた。
「それでは! ご覧ください! メカニックチームの出し物は! 森本ダンナーと林オクサーによる、窮極二人羽織! ジェットボーイ、ギア・ダウン!」
 ジェットボーイから、巨大な──そう、まさしく巨大と呼ぶにふさわしいサイズの羽織が落下した。ダンナーはそれを不器用に引っつかむと、オクサーを手招きする。砂浜に脚を取られ、まともに歩けないオクサーはおっかなびっくりでダンナーに近づき、あと一歩というところで大きくこけた。オクサーの顔面がダンナーの胸部装甲に激突し、昼間でもはっきりと見えるほどの火花を散らしていった。
 割れんばかりの拍手と爆笑に支えられ、オクサーはダンナーの肩を掴んで何とか自力で立ち上がる。ダンナーは手を貸すこともできず、ただ仁王立ちになって巨大な羽織を持っているだけだ。
「で、で、では!」
 ダンナーから語尾の震える森本の声が流れ出す。スピーカーをオープンにしたらしい。
「行くっスよ、林さん!」
「来て、森本!」
 オクサーもスピーカーを解放して応える。ダンナーの背後ににじり寄ると、巨大な羽織の中にゆっくりと隠れていった。ダンナーは相変わらず仁王立ちのままである。ダンナーの操縦に関して、細かな操作が森本の手に余るらしいことは、数百メートル離れた場所の観客にも手に取るように判った。
「ちなみに羽織の提供は、芽華園学園手芸クラブのみなさんによるものです。拍手!」
 ダンナーとオクサーが二体入ってしまう羽織を造ることは並大抵のことではない。その努力たるや想像もつかない。しかも部活動ということは当然タダで……杉山の声に、弾けるように観客たちが手を叩く。
「ややっ」
 妙な掛け声とともにオクサーはダンナーの背後に回りこみ、羽織の袖にその腕を通した。合体完了、なのだろう。ダンナーとオクサーのスピーカーから、頭頂から抜けんばかりの裏返った声が鳴り響いた。
「ゴーダンナー、ツインドライブ!」
 会場から爆発的な笑いと拍手が巻き起こった。見事な掴みだった、と言えよう。この拍手の量は、昨年の覇者・静流と光司の地位を確実に危うくするものだった。静流は笑いながらも、ジョッキの取っ手を砕けんばかりに握り締めていた。
 二人羽織モードを完成させたダンナーとオクサーの頭上を、再びジェットボーイが旋回し始める。一度ベースに帰還したレッドボーイとブルーボーイが、二人羽織になくてはならない小道具を持って再度飛来したのだ。ダンナーは首をわずかに上に向け、双眸で二機の機影を追おうとする。その動きにまったく連動しない両の腕は、しきりに空をかいて何かを得ようと必死になっていた。
 ブルーボーイから箸が、レッドボーイから椀が落下した時点で、メカニックチームの勝ちは決まったようなものだった。
「おっきいおはし、おっきいおわん、すごーい」
 ルウに手を引かれ、弾けんばかりの子供用浴衣を着込んだミラがうれしげに手を叩く。忍は両手で顔を覆うが、むろんその指の間は申し訳程度にしか閉じられていない。いつもなら杏奈や静流がミラを止めるわけだが、生憎今日はその役目を担うものがそこにはいなかった。忍は暴走しかけた気持ちを強く念じて押さえ込もうと試みるが、しかしやはりその目は見開いたままだし指も閉じられようとはしない。
 ルウはそんな忍はお構いなしに、ミラの手を引いて所内を練り歩く。最後に辿り着いた場所は、ダンナーベースでもっとも宴会場のよく見える場所──作戦司令室だった。ミラは宙を舞う巨大な箸と椀に狂喜乱舞し、ルウの手を振り解いてメインモニターの前まで駆け出していく。ルウも忍も、その脚の速さについていくことができない。
 ミラの浴衣ははだけ放題で、すでに身体の前面を覆う布はないに等しい状態だった。だが、シートアームの上で口汚く声高にいがみ合うモモチーとコナミは、そんなミラの接近にすら気づかないような状態だった。
「あんたこそ!」
「あなただって!」
 シートに充分な距離がなかったら、ふたりとも掴みあっての取っ組み合いになっていただろうことは想像に難くない。怒りマックスのふたりに向かって、童心丸出しのミラが微笑みかける。
「うるさいうるさい……」
「うるさいのはどっちだ!」
 ミラの言葉に過剰反応したコナミとモモチーが、その矛先を同時にミラに向けた。幼児程度の理解力と幼児並の感受性を持つミラが、その怒声に耐えられるはずもない。笑みをたたえる垂れたふたつの目からは、瞬時にして一斉に滝のような涙が流れ出していた。
「えーんえーん、えーんえーん……」
「あ、コナミとモモチーがミラを泣かした」
 追いついたルウが淡々と告げる。慌てたコナミとモモチーは思わずシートから飛び降り、半裸にしか見えない格好のミラをなだめようと躍起になって声をかけた。
「ごめんなさいね、ミラさん。そういうつもりじゃなかったの」
「わたしたちが悪いのよ、ミラさん。あなたがうるさいわけじゃないのよ」
 ミラの周りを取り囲みおろおろとするふたりを尻目に、忍が周囲を見回して言う。
「うるさいって言えば、この音って、警報ですよね……」
 ルウは「当然だ」とでも言いたげな表情で頷く。コナミとモモチーははっと我に返り、シートに駆け上がるとパネルモニタで状況をすばやく確認した。
「擬態獣反応! 近いです!」
「前方三〇〇メートル! もうすぐ海面から浮上します!」
「なんだと!?」
 コナミとモモチーからの連絡をインカムで聞いていた影丸は、鼻眼鏡を飛ばして立ち上がると作戦司令室のある方向を向いて叫んだ。
「なぜそんな距離になるまで発見できなかった!?」
「海底を歩行し、大陸棚を上がってきたと思われます。レーダーでは捉えきれません」
「水中ブイ、海底ソナー、ともに有効範囲に入るまで確認できませんでした」
 コナミとモモチーの連絡を受け、影丸は再び叫ぶ。
「出撃できる機体はあるか?」
「コアガンナーは改修中で使えません。コスモダイバーが稼動可能ですが、ルウがうんと言ってくれるかどうか」
「ダンナー、オクサー、ともに出撃中ですが……」
 言ってからモモチーは口を押さえる。コナミもつい、苦虫を噛み潰したような表情をつくってしまう。そうなのだ。ダンナーとオクサーは、すでに敵を簡単に捕捉できる位置に「出撃」している。だが、しかし……。
「ゴオは、杏奈はどうした!?」
 影丸の再度の叫びにも、コナミとモモチーはこう返すしかなかった。
「ついさっきまで待機していたのですが……」
「が、何だ!?」
「博士に呑まされて別室に連れていかれてしまいました」
 影丸の膝ががくっ、とくずおれた。
「ゴオだけでなく、杏奈までも呑まされたというのか? 博士に!」
「ああ、そうだよ。悪かったねえ」
 通信に割り込んできたのは、明らかに酩酊した者の声だった。影丸は血の気がさっと引く思いがして、慌てて背筋を伸ばしインカムに手を添えて言った。
「博士、お言葉ではありますが、待機要員にまで酒を呑ませるとは……しかも、杏奈はまだ未成年ですよ?」
「だから悪かったって言ってるだろ? 肝っ玉の小さい男だねえ」
 インカムから聞こえてくる声から、脳裏に霧子の顔が結像し、影丸はあわててその想像を振り払おうとする。悪夢でも見たかのような悲惨極まりない表情になりながらも、彼には作戦司令としての義務がある。半ば泣きそうな声で、マイクに向かって語りかける。
「で、どうしますか? 博士……」
「どうもこうもあるもんかい。静流、バギーを出せるか? オクサーに向かってくれ。こっちはゴオを行かせる。それまでは森本、林、お前たちに任せる。やれるな?」
 一瞬の沈黙。
「ええっ……」
「やれるところまでやるッス! ねえ、森本!」
 ダンナーとオクサーからの返答を待つまでもなく、霧子は指示を飛ばした。
「すぐに静流とゴオが辿り着く。五分でいい、持たせてくれ」
「擬態獣、浮上を確認!」
「目視できます、ベース前方二五〇メートル!」
「行け! 森本、林! 頼んだぞ! コナミ、周囲に警報、避難勧告を出せ!」
 コナミとモモチーの報告を受け、影丸はインカムに指示を飛ばし、自らは駐車場に向かって走り出した。その前方を、酩酊しているとは思えない速力で静流も駆けていた。

 

  4

 

「あわわ、ど、どうやって、どうやって?」
「森本、男でしょ? ビビってんじゃないよ!」
 立ちすくむダンナーの背後から、羽織を脱ぎ捨てたオクサーが飛び出る。兵装の安全装置を確認し、オクサーは右手をゆっくりを前方に差し出しながら歩き出した。
「五分でいいって言ってもらってるんだから! 気合入れて行くッス!」
 擬態獣の姿は、ダンナーやオクサーからもはっきりと見て取れる。昆虫とも動物とも取れない、摩訶不思議な巨大生物は、その真紅に燃える複数の眼から破壊光線らしき光を放ってくる。質量を伴った熱線が海原を切り裂き、その先端を海岸にいるハンターロボに到達させていた。水蒸気が視界を遮るなか、熱線はかろうじてオクサーの放ったエンジェル・ウォールによって弾き返される。よろけながらも熱戦の射軸をずらしたオクサーは、ひねった腰に手を当て、ダンナーを護るかのように居住まいを直した。
「つええ……女はつええよ……」
 コックピットの中では、森本ががたがたと震えながら操縦桿を握り締めていた。もはや原始的な恐怖以上の感覚を理解できない状態にまで退行してしまった森本の脳を、林の声が揺り動かす。
「動けないの? 操縦は判るって言ってたじゃない!」
 そうだ。メカニックとしての知識と、付け焼刃とはいえプロに──ゴオに直接レクチャーを受けた知識があれば、複雑な制御は別としても、オートバランサーの生きている限り、森本はダンナーを操れるはずだった。だが、身体が動かない。判っていても、操縦桿をそれ以上動かすことができない。スロットルをそれ以上開けることができない。
「やはりお前たち単体では持たないか……。緊急事態だ、お前たち、合体しな」
「がッ……」
 森本は絶句する。ただでさえ、彼はダンナーを制御するのに精一杯で、その指先すら思うように動かせないのだ。その後に及んで、合体しろ、とは……合体……合体……合体!?
「森本!」
 林の叫び声も、パニックに陥った森本の耳には届かない。
「森本、博士に言われたでしょ?」
 林の声が森本に、博士の言葉を思い出させる。
 合体。
 合体。
 林さんと合体──。
「林さん! お、おれと、が、が、がっ……」
 言えない。
 どうしても言えない。
 このひとことがどうしても言えない。
 俺は情けない男ッス、林さん──そう口から出そうとした瞬間、森本の耳朶を別の声が叩いた。
「情けないわね! それでも男? 彼女に護ってもらうのがそんなに楽しい? 護り護られる、そんな関係にもなれないのかしら?」
 森本ははっとして前方のモニタを凝視する。声のした方向を探そうと、めちゃくちゃにカメラを切り替え、ついにその声の主の位置を確認した。熱線が焼き尽くした煮えるような砂浜に、一台のバギーが焼けたタイヤの白煙をまとって停まっていた。運転席には、ワイヤーガンでこちらに狙いをつけている白いハイレグワンピースの水着美女が立っていた。
「静流さん、来てくれたんスか!」
「コックピットハッチを開けて待ってなさい!」
 擬態獣が波を割って、ゆっくりと岸に近づいてくる。今の一撃を防がれたことと、その後に攻撃がないことの理由を擬態獣は正確に理解していた。もっと至近距離にならないと攻撃は有効ではない、そして今のところ反撃は考慮に入れなくていい──紅い眼に力を溜め込み、撃つタイミングを見計らいながら、ゆっくり、ゆっくりと二体に向かって歩いていく。
 その擬態獣の慢心が、静流と森本を救ったと言っていいだろう。静流はワイヤーガンを使ってダンナーのコックピットに入り込むことに成功していた。
「代わって!」
 森本をシートから立たせ、静流が代わりに座る。居場所がなくなって右往左往する森本の腕を掴み、自分の膝に座らせるとシートベルトを無理やり巻きつけて固定させる。やわらかい感触が森本の背中に当たるが、それを味わっている余裕も時間も彼にはなかった。
「ダンナー、オッケーよ。林さん、そちらは?」
「静流さん、こっちは今猿渡さんが……」
「静流、なんでお前がダンナーなんだ!」
 林の声を遮って、ゴオが怒鳴り声を上げる。酒が抜け切れていないのは、その声を聞いただけで明白だった。普段のゴオは、興奮していてもこんな荒々しい声は出さない。
「あら、あなたが遅かったからわたしが先に危なっかしいほうに入ったまでよ。ゴオ、オクサーは初めてでしょ? 足手まといにならないでね」
「静流こそ、ダンナーのパワーに振り回されるなよ! オクサー、いいぞ!」
 ゴオも静流同様、自分が狭いオクサーのシートに収まり、林を膝にのせた状態でシートベルトを強引に締めていた。
「猿渡さん、痛いッス……」
「林、我慢しろ! 痛いのは最初だけだ!」
 カメラ位置が固定されているため、コックピット内の画像は林の顔しか映し出さない。小さなモニタの中で赤面し身悶える──少なくとも森本にはそう見えた──林に、森本は叫ばざるを得なかった。
「何してるッスか、猿渡さん! 林さん、なんだか見えないところで酷いことされてませんか?」
「莫迦言ってないで、行くわよ!」
 静流はダンナーをレヴェル6までシフトアップし、プラズマドライブはそれに連れて金属音も高らかに咆哮を上げ始めた。通常稼働モードから戦闘稼働モードに──ダンナーのあらゆる計器類が、一気にレッドゾーンを目指して動き出した。
「森本、するの? しないの? どっちにするの!?」
「そんなこと急に言われても、静流さん、おれ困るッス……」
 静流の膝の上で、森本が泣き声を出す。だが、勢いのついた静流に、そのような泣き言が通用するはずもない。プラズマドライヴの心地よいタービンの振動が、彼女の中の眠れる獅子まで揺り起こしてしまったかのような──大きな胸を潰れんばかりに森本の背中に押しつけると、操縦桿を握りしめ声を張り上げた。
「情けない男ね。いいわ、ゴオ、合体しましょう!」
「静流、お前、合体って簡単に言うがな……」
 オクサーのシートで計器類のチェックに手間取るゴオが叫び返す。酒の入ったゴオは。オクサーの計器類が正常なのか異常なのかを知るだけの冷静さを最初から欠いていた。焦れば焦るほど、妙な結果が彼と林の周囲に巻き起こる。オクサーはまだ、ゴオのコントロールの下にはないのだ。
「あら、五年前の大戦の英雄ともあろうお方が、この期に及んで女からのお誘いにビビっちゃうわけ? 可愛らしくなったわね、ゴオ!」
「お前に言われたくないな、静流。少なくともお前の前で可愛らしいしぐさを取ったためしはないぜ! 来い、静流! 合体だ!!」
 計器の調整を済ませ、プラズマドライヴのオートモードを切ったゴオは、手動でレヴェルを6まで持っていった。オクサーの胸内にも、金属音が高々と唸り始めた。
「ドライヴ・チェンジ、ゴー!」
 静流の掛け声とともに、ダンナーは胸部装甲を展開させる。
「ドライヴ・チェンジ、ゴー!」
 ゴオの掛け声とともに、オクサーは各部を収納させ合体形態に入る。
「ダンナー・オン!」
 ダンナーとオクサーは重なり合い、一つになっていく。夫が妻を優しく包み込み、妻が夫を力強く支えるかのように──。
「リボルバー・オープン!」
 静流の声とダンナーの動きがシンクロする。
 ゴオの声とダンナーの動きがシンクロする。
 真っ赤な炎が天を焼き、その熱波が渦巻く空気を焼き切ったとき──緋色の巨人が、そこにはいた。
 何ものをもその背後に通さない、正義を貫く鋼鉄の巨人。
 希望と夢を一身に背負った、熱き炎の超人。
 そして何より、愛を説くために降臨した魂の神像──。
「ゴーダンナー・ツインドライヴ!!」

 

  5

 

「がったい、がったい」
 作戦司令室では、ミラが無邪気に喜んでいる。その傍らには、母・霧子にもたれ掛かりながら号泣しつつ罵倒する酒癖の悪い杏奈の姿があった。
「ゴオちん! 静流さんとが、が、合体だなんて……しかも静流さんがダンナーだなんて……え、静流さんが上? 静流さんが上なの? ゴオちん受け? それって、でもそれって、が、合体……猿渡、てめえ、許さねえ!」
 持っていたコップを巨大モニタに投げつけようとして、その手をルウと忍に取り押さえられながらも、杏奈の怒りは収まらない。
 モニタに、コックピットの映像が飛び込んでくる。立体的に重なり合った四人の姿は豪快でもあり滑稽でもあり、悲壮でもあった。森本を乗せた静流の見事な生脚がゴオの両の頬を挟んで林の胸に達している姿は、そんな杏奈の怒りにさらに火を注ぐものだった。
「猿渡! あとで部屋に来い! ひとりでだ!」
「杏奈ちゃん、口わるすぎ……」
 杏奈の強烈な裏拳でコナミのシートアームまで吹っ飛ぶ忍を尻目に、ミラのはしゃぎ声もまたエスカレートしていく。
「よんぴー、よんぴー」
「どこで憶えたの? そんな言葉……」
 モモチーもあきれ顔で眼下の騒動を見ていたのだが、そこに静流とゴオから喉も張り割けんばかりの通信が飛び込んでくる。
「どわああああああああああああああああッ!」
「きゃああああああああああああああああッ!」
 作戦司令室の全員が、正面の巨大モニタに目を遣った。そこには、擬態獣に弾き飛ばされ、海岸を大きく削って倒れ込むゴーダンナーの姿があった。
「なんてこった! 近づけねえ!」
「13号の時とは較べものにならないほど強力な空間シールドだわ!」
「データ、取ります!」
 ゴオと静流の声に弾かれたように、コナミがディスプレイキーを操作する。
「近距離はシールド、遠距離はレーザー……攻防一体ってとこかしら。コアガンナーだったら射程勝負に出られるんだけど」
「近づけなかったら、ダンナーじゃ戦いようがねえじゃねえか!」
「猿渡さん、静流さん。やはり擬態獣は13号の──クラブマリナーのシールドを擬態しています。しかも、瞬間的なパワーだけで言えば、13号のそれを凌駕する性能を持っています!」
 コナミの報告にモモチーが補足する。
「ゴーダンナーの接近兵器では、数値上どれを使用してもそのシールドを一撃で破壊することはできません。コアガンナーのスナイパーエンジンでも、一撃では破れないほどのパワーを持っています!」
「なんてこった!」
 林の下で、ゴオが握りこぶしを作る。だが、ここで諦めるわけにはいかないのだ。ゴオの脳裏に、ミラとのコンビネーションでなら使用できる武装の記憶が蘇る──だが、それは慣れてきた杏奈ですら使用できなかった、操縦者の技量を要求する武器ばかりだ。ここに乗っている三人──静流もダンナーに関しては素人だ──がパートナーでは、しょせん不可能な技ばかりなのだ。
 せめて自分が酔っていなければ──悔やむゴオの上で、林が意を決したかのように森本に言った。
「森本、やろうよ!」
「や、や、や、やろうって、ななななな何をッスか? 林さん!」
 林は、股間から生えているガントリガーを握りしめると、語尾を震わせつつも凛とした表情で言った。
「──ハートブレイカーッス!」
「無駄よ」
 しかし、答えたのは森本ではなく、森本の下にいる静流だった。
「ゴーダンナーの拳があの擬態獣に触れられない今、例えあなたがハートブレイカーを撃てたとしても勝ち目はないわ」
「来るぞ!」
 ゴオが会話を遮り、静流が咄嗟に操縦桿を捻る。擬態獣の燃える瞳から奔る数条の熱線が、ゴーダンナーの肩部装甲を焦がして沿岸部を焼き払っていった。
「いい度胸だ、林! だったらおれがフォローする。静流、森本、操縦を頼むぞ! やつのシールド圏内に突入する!」
 莫迦言ってないで──と口に出そうとした静流より先に、森本が絶叫した。
「判りました! 判りましたよ! やりゃあいいんッスよね? 林さん、生きるときも死ぬときも一緒ッスよ!」
「森本ぉ!」
 涙を流しながら操縦桿とガントリガーを握るふたりに気圧されたかのように、静流もまた酔った勢いを生かしてゴオに言った。
「このふたりに負けるわけにはいかないわよね、ゴオ!」
「ああ。こいつらとは年期が違うんだ。同じ戦場で生き残った絆、そう簡単に切れるもんじゃねえってことを見せてやろうぜ!」
「何をする気だ、ゴオ、静流!」
 ようやく作戦司令室に戻った影丸の声がコックピットに鳴り響く。
「見ていてくださいよ、指令。最高の芸をお見せしますよ。ゴー!」
 ゴオの掛け声とともに、ゴーダンナーは猛ダッシュを始めた。数秒で数百メートルを詰め、その握りしめられた右の拳は擬態獣の張るシールドを叩いていた。
「撃てえ、林ぃぃぃ!」
「やーっ!」
 ゴオに背後から押され、林はトリガーを引く。右のリボルバーからブレイカーブレットが撃ち込まれ、擬態獣のシールドを瞬間的に白く固化させる。だが、次の瞬間ゴーダンナーは大きく弾かれ、再び数百メートルを吹き飛ばされて浜辺に腰を落としてしまう。
「失敗?」
「いや、よく見ろ!」
 静流の疑問にも、ゴオは余裕の声を上げる。擬態獣の数メートル前に張られたシールドは、ハートブレイカーによって十数メートルに渡って白く固化している。
「やつのシールドはハートブレイカーで固化できる! あそこからシールドをぶち割って中に入ることができれば──」
「って、どうやって?」
 涙目になり、トリガーっから手を放せなくなってしまった林が訊く。ゴオは林の手の上からガントリガーを覆うように握り込み、言った。
「みんな、おれを、ゴーダンナーを信じろ! 静流、スナイパーを撃ったときの要領でニーリング! 森本、プラズマドライヴの回転数をレッドゾーンぎりぎりで制御しろ! 林、この位置ではおれは正確にやつを狙えない──照準は任せた! できるな?」
 全員が無言で頷く。静流はゴーダンナーを膝立ちさせ、右腕を前方に真っすぐ延ばした形に待機させる。森本は計器をチェックし、ドライヴがレヴェル9で安定するようにスロットルを調整する。そして、クロスゲージの中央に狙いを着けた擬態獣を固定させるように、林はガントリガーを微調整する。
 ゴオが叫ぶ。魂を揺さぶるような声で、告げる。
 それは、勝利への道。
 それは、明日への道。
 必殺の技に心血を注ぐ、神の魂の声──。
「流星ミサイルブレイカー!!」
 右腕のリボルバーを覆う鋼鉄のカバーが弾け飛び、中のシリンダーが剥き出しになる。ゴオの指が林の指と重なり、トリガーを速射する。シリンダーにあった五発のブレイカーブレットが拳を通らず直接宙を舞い、ミサイルの矢のごとく擬態獣に吸いこまれて行った。五発は全弾過たず擬態獣の正面を覆うシールドに着弾し、そのシールドは完全に白く結晶化してしまっていた。自らのシールドの中で身動きのできなくなった擬態獣は、焦りからか内部よりシールドを破壊して外に出ようともがき出す。正面の一部に自らの熱線を当て、ついにシールドは琥珀のごとく破片となって割れ落ちていった──。
「今だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 ゴーダンナーは焼けて動かなくなった右腕を自ら切り離すと、再びダッシュしていた、先程のダッシュとは較べものにならない速度だった。その反応の早さは、神速に値する──ゴオもかつて、ここまでのダッシュを得たことはなかった。それだけ、静流の、森本の、林の、そしてゴオの気持ちが一体化していたのだろう。
 擬態獣に、もう一度シールドを張る余裕はなかった。
 割れたシールドから出ていた擬態獣の顔面に、ゴーダンナーの残された左の拳が綺麗にヒットしていた。
「ハぁぁぁぁぁぁトぉ、ブレイカー!」
 森本と林の声がユニゾンし、左のリボルバーからブレイカーブレットが射出された。次第に白く固化していく擬態獣。
「これでとどめよ!」
 ゴーダンナーは天高く跳んでいた。落下の軌跡をコンピュータがシミュレートするまでもなく、その爪先は敵の急所を的確に狙っていた。
「ソぉぉぉぉぉぉウル、ブレイカー!」
 もはや、神の降臨を妨げる障壁は何もなかった。
「擬態獣、爆散!」
 そう告げるモモチーの声がベース内のみならずスピーカーを通して海岸全体にも響き渡り、避難しつつも遠巻きに見ていた観客から盛大な拍手喝采が巻き起こっていた。

 

  エピローグ

 

 強烈な宿酔いを憶え、静流はベッドから起き上がった。
 痛む頭を押さえながら、部屋を見回す。
 そこは、見慣れた自室ではなかった。
 ベース内の看護治療室──総ての壁が白く塗られた、清潔で静寂で薬臭い部屋だった。
 ベッドも、お気に入りの低反発素材のものではない。スプリング仕込みの、安眠には適さない粗末なベッドだ。
 身体じゅうの包帯と痛む頭の相関関係をすぐに思い出せなかった静流だが、ガラス窓ごしに隣の部屋を見て、何となく昨日のことを思い出していた。
 隣の部屋には、静流と同じように包帯で様々な個所を巻かれて寝込んでいる森本と、その横でやはり包帯の巻かれた状態で看病をしている林の姿があった。防音は完璧で、ふたりが何を話しているのかは静流には判らなかったが、目に涙を溜めながらも微笑んでいる林の顔を見て、静流も内心ほっとしていた。
 そして、ガラス窓のない方向──となりの病室は集中治療室だったか──から聞こえてくる元気な若妻の声と、それに詫びておろおろする夫の声を聞き、思わず苦笑してしまうのだった。
「来年の芸は、だれがなにをやるのかしら──」
 もし自分が生き延びていたなら、ゴオと二人羽織をしてみたい──と本気で思う静流であった。
 彼女は一週間後、同じ集中治療室に入ることをまだ知らない。
 そして、そのまま死地に赴いてしまうことも、まだ知らない。

 

END

 

【作品情報】

作:楽光一(Project T.A.C.)

初出:同人誌『愛に殉じよう!』(栗もなか)

執筆時期:2004年07月

テキスト容量:34645byte

物理的行数:625行(40文字/桁)

原稿文字数:17167文字

 

【あとがき】

 2004年はゴーダンナーに明け、ゴーダンナーに暮れました(笑)。

 ヨメ(遠野真秀)が熱狂的に好きになってしなったこともあって、久々にアニメものの本格的サイドストーリーを書くハメになりました。画力と根性があれば漫画にしたかったのですが、まあそれは望むべくもなく……。

 このエピソードは、9話(『流されてサバイバル』)と10話(『ルウ、出撃』)の間に挟まるように設定された話です。小生が「ゴオにこだわっていたころの静流萌え」「幼児ミラ萌え」「ルウ剣嫌い」のひとなので、ベストの位置がこのあたりなんですよね。

 ゴオや杏奈が脇キャラで、静流と林・森本が主役なのは、たぶん小生が好きな「戦いの中にも暖かなものがある」エピソードを欲してたからではないか、と。イメージはコン・バトラーVの後半、長浜監督エピソードですね。もしゴーダンナーが長岡監督の思い通りに4クール全52話あったとしたら、絶対にこういうエピソードはあっただろうな、という小生の願いというか希望というか。そんな感じの話です。

 放映された全26話との整合性には気遣ったつもりですが、よく読んでみるとSECOND SEASONでの展開と微妙に異なっている部分があったりします(静流が「なんちゃって」より前にソウルブレイカーを撃ってしまっていたり、杏奈が第25話まで出来なかったプラズマドライブのレベル9固定を森本が軽々としてみたり……)。でもまあ、それは小生がFIRST SEASONのひとだ、ということで勘弁して下さい。

 ゴーダンナーの隠し技は、古い特撮ヒーローファンなら必ずにやりとしてもらえると自負しております。杏奈と合体しているときは、ゴーダンナーはまったく実力を出し切っていないのだ、というシビアな部分の演出のつもりだったのですが……第13話および第14話へのオマージュも含めて……。

 あとがき長いよ(苦笑)。

2005.01.04

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Written by 楽光一/Project T.A.C.
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