・越生まつりとは、埼玉県入間郡越生町のお祭りです。 ・鎌倉時代、武蔵国豊島郡の辺りで勢力をのばしていた豊島氏。(ちなみにこの頃のメインの居場所は今で言う所の北区、荒川区近辺。もうちょっとしないと石神井までは来ない) ──閑話休題。 いや、この時点では烏帽子をかぶってなかったんですよ。 あとでかぶって下さいましたが。 しかし、これが万が一月代とかあったら泣いてたでしょうね。ああよかった。 そりこみ怪しいですがね(苦笑) そのあと、まだ祭りは始まらないし……ってことで、山吹の乙女がいたとされている『山吹の里歴史公園』へ。 『室町時代、太田道灌が川越の領主であったころの話である。 道灌が父の道真を訪ねた折、この辺りでにわか雨にあったので、近くの農家に立寄り蓑を借りようとした。 すると一人の少女が出てきて、だまって山吹の花をさし出した。 道灌は、山吹の花にちなんだ古歌 『七重八重 花は咲けども山吹きの 実の(蓑)一つだになきぞ悲しき』 が考えつかず、少女の思いが分からずに恥をかき、のち大いに学問にも励み、文武両道をかねた名将と いわれるようになったのだという。 この話は広く知られており、“山吹の里”と称するゆえんである。 昭和三十七年に県指定旧跡となっている。』 ……と言う事が書かれてあります。 豊島氏絡みで太田道灌調べなかったら、この話、実は知る事なかったんですよねぇ(本に載ってたんですよ) ・で、そろそろ祭りも始まる時刻になって経泰ちゃんの山車がでる、上町の方へ。 武器まで持ってかっこいいです、経泰。 山車はきめられたルートをそれぞれ進んで行って、山車同士が出会うと止まって、何やらやってました。 これはどう見ても幼稚園児なひょっとこさん。すごく可愛かった♪ ひょっとこさんは何人かいて、交代で演じてました。 経泰についていったら、なんか2km位歩いたような気がします。ちょうど引きこもりだった遠野にはすごく辛い道のりでした。 ……経泰ちゃん見るより、道灌ちゃんがらみで行った気がしないでもないですが、まあ、ただでさえ少ない豊島氏の、何かが得られたような、そんな気がするお祭りでざいました。 |