【こんな番組を観た】

「料理の鉄人」

フジテレビ金曜日夜11時〜11時45分

by江戸村沙樹


 対決モノは面白い。特に一対一の対決は。
 人間の逃走本能は、極端に走れば民族対民族、国家対国家の広域戦争へと発展し、ミニマムに欲求を充足しようとすればスポーツに走る。今でもボクシングやレスリング、相撲などは一対一の対決モノとして大変人気がある。
 そしてゲームセンターでは対戦型ぶんなぐりゲームの台頭。テレビの子供番組もいまやそんなゲームに感化されてか、対決格闘を基調にしたロボットものの花盛り。
 ボクシングやレスリングなどの格闘技は明確だ。見たとおり――片方が片方に負けていることが一目瞭然だからだ。たとえ微妙な線での判定となったとしても、審判団は過去のデータから、判定を行うことができる。将棋や囲碁ならもっと明確だ。
 だが、それ以外のジャンルで対決モノは成立するのか?
 昨年、これら対決モノの醍醐味を料理によって(つまり「料理人対決」!)表現した番組がふたつ現れた。
 ひとつは、テレビ東京の名物番組「浅草橋ヤング用品店」。その中のひとつのコーナーとして「中華料理戦争」を企画。日本一の中華料理人は誰かを決めるこの戦争は回を重ねるごとにエスカレートし(中華料理戦争だったはずなのにエスニック料理と対決する「お料理湾岸戦争編」があったりした)、もともとその世界では有名人だった周富徳らを一躍テレビスターにまで押し上げた。
 もうひとつは、フジテレビの「料理の鉄人」。わずか30分のこの番組、「浅ヤン」の中華料理戦争が回を追うごとに料理人の数が増えていき、バトルロイヤルの様相を呈していったのに対し、基本を「一対一」に設定、番組側の用意した和食・中華・フレンチの三人の「鉄人」たちに「挑戦者」たる料理人が一人を指名、対決するというまさに料理人「対決モノ」番組なのである。
 この番組には、かの名作劇画「包丁人味平」の醍醐味を見出すことができる 。
 基本的に挑戦者は店を持つシェフ、料理学校の校長、料理好きの素人など。持ち時間一時間の間に、司会者鹿賀丈史の選んだ素材をベースに、三品以上の料理を作らなくてはならない。そして「美食アカデミー」の面々(メンバーは流動する。喜多嶋舞、田中康夫、秋元康、「かの北大路魯山人の愛弟子」など)にその場で試食してもらい、エンディングのスタッフロールを従え鉄人が勝ったか挑戦者が勝ったかを宣言し、番組は終わる。
 昨年10月から始まり、現在30回程度の放映をこなしている同番組だが、鉄人が破れ去った(のをこの肉眼で観た)ことはいまだ2回しかない。
 もちろん、番組の盛り上りを考えれば、やたら鉄人が負けていたら面白くないだろう。しかし逆に、絶対に鉄人に勝てないのだとしたら、それはそれでまた興ざめである。「本当に鉄人に勝てる料理人はいないのだろうか」と考えていたころ、「料理の鉄人」のなかでも中華料理戦争が勃発していた。
 そう、「浅ヤン」中華料理戦争の王者、周富徳が乗り込んできたのである。
 最初の挑戦者は彼ではなく、彼の店である赤坂「離宮」の料理長だった。彼は鉄人に破れ、続いて登場したのが周の弟、周富輝。だが富輝も破れ、ついに御大・周富徳の登場。しかし驚くべきことに、富徳もまた一敗地にまみれる。彼はリターンマッチを番組あてに申し出、周ファミリーは4度目の挑戦にしてついに鉄人を葬り去った。
 これが手に汗握らずに観られようか? こんなに熱い料理番組がかつて存在したか?
 今、「料理の鉄人」は鉄人の一部交代や神田川料理道場の挑戦など、ふたたび熱くなっている。
 番組の時間枠は春の改変で45分とやや長くなり、30分のあのテンポが失われてしまった。それが悲しいが、今から観るひとにはむしろ料理のプロセスをじっくり観られる分、45分のほうがいいのかもしれない。
 美食よ永遠なれ! 対決よ永遠なれ! さぁ皆さん御一緒に、「アーレ・キュイジーヌ!」

1994.05.06

 

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