・チョコレートアタック
「セーンセッ。入っていい?」 いきなり開いたドアの方から声がする。ご丁寧に電子ロックされたドアを勝手に解錠して『入っていい?』もないよなぁ、と苦笑しながら、賢木はくるりと声の方を向いて返事をした。 「いいよ、どうした?」 そのまままた、くるりと元の位置に椅子を戻し、PCに向かい直す。今いじっていた資料に保存をかけ、改めて側に来た声の主を見た。学校から帰ってすぐにここに来たのか、中学の制服姿で彼女はニコニコと、いつもと違ったふんわりとした笑みを浮かべながら立っている。両手が後ろに回されていて、何か隠し持っていることが伺えた。 「……なに持っているんだ?」 問いかけると、ぷうっと頬を膨らます。さっきの柔らかな笑顔もいいけど、こうやって膨れた顔まで可愛いと思えるのは惚れた弱みかなぁ、などと一年近く付き合っていても毎回思ってしまう。 「センセイって、女たらしとか、女の人にはマメとか言われていた割に鈍いの? それともとっくに気づいてて知らないフリ? 今日は何の日か、なんて訊く方が野暮ってものよ?」 膨れっ面のままそう指摘され、へっ、今日って何の日だっけ? とカレンダーに目をやり、ぽん、と手を打つ。ここ数日の忙しさから今日がそんな日だということは頭から抜け落ちていた。 「そっか、今日はバレンタインか」 にっぶーい、本当に忘れてたのね、などと言いつつ紫穂は隠していた手をひょいと賢木の前に差し出した。 「……へ?」 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。だって彼女の手に握られていたのは、彼女の大好きなお菓子、パッキーだったから。いやそりゃ、パッキーだって立派なチョコ菓子。バレンタインにあげても差し支えはないけれど。 「紫穂さーん、これ、口があいてるんですけど……?」 そう、そのパッキーは既に封が開いていて、中のパッキーが見えている状態。まさか食べかけのパッキーですか……? 去年は付き合う前だったにも関わらず、えらい豪勢なチョコレートをもらったような気がするんだけど、なにこの天と地ほどの開きは? などと思ったのだけれど。 「開けちゃったけど、私は一本も食べてないわよ? これはね、ちょっと違うの。いいから手に取ってみて。あ、ただし透視ちゃだめよ?」 念を押されたので、あえて透視することもなく一本取り出してみる。かざして上から見たり下から見たり横から見たりしたけれど、やっぱり何の変哲もないパッキーなわけで。 「センセイ、それちょっと変よ? これはれっきとした普通のパッキーよ。ただ、一つだけ違うことがあるの。食べてみて?」 言われるままに口にいれ、ポキン、と折りつつ食べていく。 「あ、言い忘れちゃった。あのね、食べながら透視てほしいの」 紫穂の言葉に慌てて、口の中のパッキーを透視してみる。 ──大好き。 そんな思念が読めて、賢木は一瞬思考が停止した。読んだことが判ったのだろう、紫穂が少し頬を赤らめながら説明を加えていく。 「一本ずつに思念を込めてみたの。ホントはね、今年は手作りチョコの予定だったのよ? でもなかなかこれ! って言うものが作れなくてヤケになってて。そしたら急にこのアイディアが浮かんできて。ちょっと恥ずかしいかなと思いながらも始めたら止まらなくなっちゃった」 賢木はもう一本、箱から取り出し食べてからあえて透視をする。 ──センセイと一緒にいることができて、良かった。 さっきと違う思念が読み取れる。本当に一本一本に想いを込めているようだった。 なんだか微笑ましいのと直接食らった紫穂の想いに、顔がニヤケていくのが止まらない。あーもう可愛いなぁ。手を伸ばし、頭をくしゃくしゃと撫でる。 「ありがとう。スッゲー嬉しい。けど……」 「けど?」 続いた接続詞に、紫穂は小首を傾げて賢木を見つめる。 彼女の疑問には答えず、おいでおいでと手招き。疑問符を頬に張り付けたまま紫穂はすぐ真横までやってくる。すかさず彼女を抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。 「え、ちょっとなにっ?」 慌てふためく彼女の瞳を覗き込み、賢木は熱っぽい口調で言った。 「目の前にいるんだから、直接聞きたい。紫穂の言葉で」 みるみる顔が真っ赤になっていく目の前の少女を抱きしめ、耳許で囁く。 「こうやって顔を隠すから、さ。これなら大丈夫だろ?」 紫穂は、自分からは滅多に『好き』とかは言ってくれない。いつもはぐらかされて態度のみで示されて。いつもだったらまあいっか、と済ましてしまうのだが。 「……センセイが私を読み取る、とかじゃダメなの?」 妥協案を出してきたけれど、きっぱりと否定する。 「モノに残した情報じゃなくて、心の思念でもなく、紫穂の声で聞きたいんだ。……イヤか?」 「……イヤじゃないっ。でもちょっと待って。お願い」 ぶんぶん横で首を振り、しばしの沈黙。賢木は急かすこともなく、そっとふわふわの髪の毛に指を絡ませながらじっと待っていた。 ──どのくらいの時が、経っただろうか。ずっと顔を埋めたままの紫穂がぴくりと動いた。ややあってそっと顔を起こし、真っ赤な顔と潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。 「──き」 かすかな声が聞こえたけれど全ては聞き取れなくて。ちゃんと聞きたくて。 「もう一度、言って」 髪に絡ませたままだった手を外し、そっと頬に手を伸ばす。 「……好き。センセイが、大好き」 真摯な瞳で見つめられ、かわいらしい唇が動いて自分への想いを口にしていくのがもうたまらなくて。覆いかぶさるように唇を奪っていた。 「……ぅんっ!」 息が上がってしまって軽く首を振る彼女。もっと手を出してしまいたい、でもこれ以上は……と理性と本能がせめぎあい、しばらくして理性に軍配が上がった。唇を離し、ぎゅっと胸の中に彼女を閉じ込める。 「……センセイの、意地悪」 くぐもった声が聞こえてきたけれどそれには気づかない振りをしながら、賢木はそっと、机に置いていたパッキーに手を伸ばした。今度はどんな思念が読めるかな、なんて思いながら。 |
・注釈。
いやとりあえず設定がだんだん固まってきたような固まらないような。
ここら辺、うまく固まったら長編とかにするのもいいですよね。
さんざん紫穂に色々言わせておいて、自分じゃ何も言ってない人がいるのは気のせいにしたいです。
次の話でがっつり言わせてやるんだから!(なんか違う)