・雨の中の太陽

 



 ふ、と目の端にとらえた色は鮮やかな水色。
「わ、きれい……」
 駆け寄ってじっと見つめた。
 
 


『明日学校終わったあとで、出かけないか?』

 珍しくセンセイからお誘いが入ったのは昨日のこと。電話越しに聞こえたその単語に、心がふわっと浮き上がった。

「……珍しいじゃない? そっちから誘ってくるなんて」

 でも、口から出たのは心とはちょっとねじ曲がった方向の返事。あ、言っちゃったと思った時にはもう遅くて。受話器越しにぶつぶつといじけた口調の独り言が聞こえてきた。

『いいんだいいんだ。忙しいから誘えないだけなのによー』
「う、ごめんなさい。デートのお誘いは嬉しかったのよ? ホントよ? ちょうど明日午前授業でお昼過ぎには終わるし」

 慌ててフォローすると嬉しそうな声が返ってきた。

『あー良かった。んじゃ、明日マンションに迎えに行くから』

 ものすごく浮かれてるのがケータイを透視なくても判って。なんだかセンセイの方が子どもみたいだなんて思ったけれど、また拗ねられても困るから心の奥にしまい込んでおいた。
 
 
 で、今日。雨の日の湿気た空気はなんだか気持ちまで重くなっちゃうから嫌いだけど、二人きりで出かけてる今はそんな重さは全くなくて。
 電車と徒歩で向かった先は都区内の外れ。駅を降り立って、辺りを見渡しても物珍しいのは目の前を横切って行った路面電車くらい。

「センセイ、一体どこに行くの?」

 メインであろう改札とは反対側の小さな改札をくぐり抜けた所で、立ち止まって尋ねてみる。
 透視たらすぐに判っちゃうんだけど、そこはあえてしない。だって直接訊きたいんだから。すると、電車が音を立てて通っていく線路の向こう側を指差した。

「ん、あそこ。あの山みたいな所」

 確かに大きな山があって。しかもなんだか有名な場所なのか人がどんどんそちらに吸い込まれて行く。木に覆われているその山の中に、なにがあるのかしら? わざわざ連れてきてくれるってことは、それなりのネタがあるってことよね?

「行って、面白くなかったら……センセイのこと、どうしちゃおうっかな?」
「や、ちゃんと紫穂が楽しめると思って連れてきてるから。これは絶対の自信がある」

 なんて威張って言うセンセイが、ちょっとムカついたりしちゃうけど。……私の好みを知っててすぐに行きたいポイントが判るってことは……なんて考え始めたら本当にむかむかしてきたのでいいや、と考えること自体放棄してみた。
 ──過去はいいの。今、センセイがここにいてくれてるから。

「その言葉に期待しましょっ」
「あいよー。……ほい、手」

 何のためらいもなく差し出された手を、こっちも躊躇いなく握り返して。ちょっと恥ずかしいけど自分のカサはささずにあえてセンセイの大きなカサの中に入れてもらう。
 ──俗にいう『相合い傘』って、こんなに恥ずかしいんだ。でも、なんだかいつもより近づいている感覚がして嬉しくて。ふふ、と思わず笑みがこぼれた。

「あのー紫穂さん、手、繋いでるから全部透視えてますけど……?」

 センセイの言葉にハッとするけど、まあしょうがないか、なんて思ってしまったのはきっとこの距離のせい。
 センセイは嬉しそうに微笑んで、手を離して髪の毛をそっと撫でてくれて、それから私の手を取ってセンセイの二の腕辺りまで持ってきた。

『この辺りを掴んでおいた方が、多分濡れないぞ』
『はーい』

 言われた通り、二の腕辺りにしがみついてさっきよりもっとセンセイとの距離を縮めた。


 
センセイは歩道橋を越えてぐるりと端を歩いて線路沿いの方へと向かって行く。山自体にはどうやら入らないみたい。
 ホントに、何があるの? 期待にちょっと胸を躍らせつつ、線路が差し迫った所の小径に入り込んだ途端。

「わ……!」

 急に広がった鮮やかな色合いに驚いて声が出てしまう。
 そこにあったのは、溢れんばかりの色の洪水。緑色も鮮やかな葉っぱの間からこんもりとしたまぁるい花がいくつも飛び出してて。それが小径の半分を覆っていた。

「な、綺麗だろ? こないだ特務の仕事でこっち来た時、地元のおばちゃんに教わったんだよ。紫陽花が綺麗に咲くんだってな。『紫陽花は色んな所が有名だけど、ここも負けてないのよー』って笑ってた」
「ホント! すごいよセンセイ!」

 雨に濡れるのも構わずにそうっと近寄って、近くにあった丸く咲いてる紫陽花に触れてみる。植物だからガードもなしに、情報がふっと流れ込んできた。

「これは……セイヨウアジサイね」
「知ってるか。紫陽花って日本原種なんだぞ」
「へー、だからセイヨウってつくんだ……って、え、紫陽花って毒があるの?」

 深くもぐってみたら透視えた情報に、ビックリしてちょっと大きな声を出してしまう。センセイは苦笑しながらこちらに歩いてきて、隣にあった私とは違う種類の紫陽花に触れた。……透視、してるのかな?

「あ、ホントだ。食べると食中毒に似た症状を起こすんだ。へー、意外だな」

 やっぱりそうだったらしい。触れてた手を離して、こっちを振り向いて読んだ結果を教えてくれる。

「因みに、こいつはガクアジサイな。これがそっちのセイヨウアジサイの原種」

 センセイが触ってたのは周りに花があって、中心は小さな何かがいくつも集まってる。これって……?

 疑問に思ったのでガクアジサイに触れてみて、またビックリ。驚いた顔で何を読んだのか判ったのか、センセイがニヤニヤしながらぽん、と頭を叩いた。

「そ、その花に見えるのは全部ガク。こっちの小さいヤツが花なんだ」

 よくよく目をこらしてみれば、中心部分の小さなものが開いていて、花だというのが理解できた。

「綺麗なのに色んな秘密があるのね」

「しかも、咲く土地によって色が変わったりするんだよな。ホント、すげーな」

 ちょっと狭いけど二人で並んで歩くにはちょうどいい幅を、ゆっくり並んで歩く。カメラを構えて写真を撮っている人が何人かいる以外は本当に静かで。ゆっくりと鑑賞できた。

「……そういや紫陽花ってさ」

 紫陽花もそろそろまばらになってきた辺りで不意に、センセイが語りかけてきた。ん? と振り返るとしみじみとした口調で呟いてくる。

「今日ここに来て色々知って思ったんだけどさ、紫陽花って紫穂に似てるんだな」
「……どこらへんが?」

 花と似てるって言われて戸惑わない人間がいたらお目にかかってみたい、そんな気持ちになりながら、胡乱げな目を向けつつ問いかけてみる。……声も同じように胡乱げな声音になったけど気にしない。だって、いきなり変なこと言いだすんだもの。

「こ、こわっ!」
「だっていきなり変なこと言うからじゃない」
「変じゃねーって。毒があるのにかわいいとことか、ホントそっくりじゃん」

 む、と黙り込む。いいじゃない毒の一つや二つや三つ……えと、もっとあるわね私。黒いのは正直自覚してるから。でも、それだけ言われても納得できない。

「毒があるってのは納得したわ。でもそれだけじゃ……ね?」

 含みのある笑顔でニッコリと笑ってあげる。そう、今センセイが指摘した毒を含んだ笑顔。気づいて一瞬顔が引きつった目の前の人は、すぐに元に戻るといきなり人の腰をぐいっと抱き寄せてきた。
 あまりのことにビックリして固まると、ちゅ、と頬に触れた唇の感触。

「な、なにこんな所で……もうっ!」

 ビックリして、耳まで赤くして叫んだ私の耳元に、そっと囁かれた言葉。

「ほら、色が変わるとことかもそっくりだろ?」
「んもう! ……?」

 からかわないでよ! そう叫ぼうとした時に流れ込んできたセンセイの思考。

『紫陽花は雨の中、明るい色で咲き誇る花だろ。紫穂って暗くなった心の中に咲き続ける花、みたいなイメージがあるんだよな、俺の中で』

 隠しもせずに流れ込んできた思いに、胸がドキドキし始めて止まらなくなった。どうしたらいいか判らず、腰に回されたままの手をぎゅっと握る。

「……そういうことは口で言った方がいいわよ、センセイ」
「遠慮するよ。もったいないし」
「もったいないって……何に対してもったいないの?」
「これは俺と紫穂の二人だけの秘密にしときたいの! 他のヤツに聞かれたらイヤだしー」
「ちょっと! 公共の場でなんてことを平然と言ってのけるのよっ! これだから大人って」
「や、さっきのあれを聞かれるよりは全然マシだと思うぞ」

 ──なんて、軽口たたきながら小径を歩いた。
 ますます深くなった『好き』という言う想いを透視られないように、そっと心の奥に隠しながら。

 

 


 ・注釈。
 
急に一人称が書きたくなったんです。そんな時、ありませんか? ……あ、ないですかそうですか(爆)
 なんか、近所の紫陽花の鮮やかな色合い見てたら不意に浮かんだだけなんですけどね。
 とりあえずこの山(てか本当は公園です)は実在します。本当に線路傍(まあ金網ありますけど)にわーってあじさいが咲いているんです。
 今年はまだ行けてないのですが、これ書いてたら行きたくなったので今度突発的に行こうかと思ってます(笑)
 

back