・Cherry Kiss

 



「おっじゃまーしまーす」
「あがってくれ、賢木。……そういやここしばらくはあまりマンションに来ることなかったんじゃないのか」

 玄関のインターホンを鳴らすと、皆本がドアを開けて開口一番にそう言った。何とも言いがたく、なはは、と笑ってごまかしてみる。
 今さら彼女がいるうちにあがるのが気恥ずかしい、ってわけでもないのだが何となくどうしたらいいのか判らないのが事実だったりする。
 別にやましいことなんかしてませんよー、などと自身に言い訳しつつ、あがらせてもらった。いつもなら皆本の後ろに引っ付いて顔を見せる三人娘が出てこないのが気になって問いかけてみた。

「あれ、今マンションにいるのって皆本一人か?」
「いや、薫は友達の所。葵はなんだっけ……先輩と買い物とか言ってたな。紫穂はお前が来るからってリビングの方で待ってたよ」

 真面目に返され、どうしていいか判らずきょろきょろしてしまう。いや、今日は休暇の皆本の所に特務の仕事の件で急な打ち合わせで来たのであって紫穂に会いに来るのがメインではないのだけれど。
 けれど、『待っていた』と言われると嬉しくて。顔がゆるんでしまうのはしょうがないといえよう。

「とりあえず、時間はあるんだし先に紫穂の所に行った方がいいんじゃないのか?」

 賢木の顔が緩んでいることに気づいたのか、紫穂の心配をしているのか、皆本が提案してくる。それに素直にうなずいておいた。

「僕は先に自室に戻っているから、紫穂に会ったらこっちにきてくれ」
「おう、サンキューな」

 

 

「お、いたいた。……何やってるんだ?」

 ひょいとリビングダイニングに通じるドアを覗いてみると紫穂がダイニングのテーブルの前で神妙な面もちで座っていた。とりあえず、と傍へと近づく。
 ダイニングテーブルの上にはつやつやと色鮮やかな、アメリカンチェリーがこんもりと皿に盛られていて。
 この夏も終わりのこの時期に珍しいなぁ、また薫ちゃん辺りが局長にねだったりしたんかね、などと考えていると、くいっと袖を引かれた。見ると、紫穂が袖口を引っ張ってこちらを見つめている。
 賢木が気づいたのを確認すると、紫穂はおもむろに手を差し出してきた。透視ろ、という合図だということに気づきそっと手を握って透視する。

(今ちょっと会話ができない状態なのよ。もうちょっとなんだけど……)
「何がもうちょっとなんだ?」

 こちらからは別に思念で話さなくてもいいので声を出して問いかける。訊きながら紫穂の方をよくよく見てみると、彼女は必死に口をもごもごと動かしていた。

(薫ちゃんにね『紫穂ならきっと簡単にできるんじゃない?』って言われちゃって。やってみたらこれが難しくて)

 紫穂から伝わる思念には主語が抜けていていまいち理解できず、賢木は首を傾げる。それを横目でみた彼女が、すいっと手を伸ばしてとったもの、それは。

「サクランボの、茎?」

 ん、といった風情で首をこくこくとしてから、紫穂はまた口をもごもごとさせ始めた。
 一瞬悩んだが、すぐに合点が行く。ぽん、と繋いでいない方の手で紫穂の頭を撫でながらニヤリ、と笑いかけた。

「口の中でサクランボの茎が結べるかどうか、ってやつだな。結べるとキスが上手いっていう、あれか」
(そう。薫ちゃんてば『あのセンセイと付き合ってるんだから簡単に結べるよね、紫穂なら』って言うんだもの。なんか逆に悔しくなっちゃって。結べるまではって思ってずっとやってるんだけど、なかなか難しいの)

 思念を送りつつ眉根をしかめて頬をほんのり染め、一所懸命にもごもごと口を動かしている様になんだか色気を感じてしまい、ぽりぽりと頬を掻く。

(センセイ……サクランボの茎口の中に入れてもごもごやってる中学生のどこに色気を感じるって言うのよ。まったくもうっ)
「うおっ! しまった手ぇ繋いだままだった!」

 ぎゅっと繋いだままの手を強く握られて、読まなくても流れ込んできた呆れが混じった思念に驚いて、思わず大声を上げてしまう。横にいる紫穂からの冷たい視線が刺さって痛い。
 けれども臆することなく今度は言葉で言ってみる。

「えー、だって紫穂のそんな顔が見られるなんて滅多にないし。それにムキになってる所がまた可愛いんだって」
「ちょっと、人がしゃべれないと思って何そんなこと堂々と言ってのけるのよ、もう。恥ずかしいでしょっ!」

 しみじみとつぶやくと耐えかねたのか、口の中のものを取り出し言葉で反論してきた。先程よりも更に赤く染まった頬が可愛すぎて触れたくなって、賢木はそっと手を伸ばした。触れた頬は思った以上に熱く、賢木の中の熱も上昇する。

「あ、そうよ!」

 いきなり紫穂が場の雰囲気を壊すような大きな声を上げたので、気勢をそがれて脱力する。彼女はそんな賢木にはお構いなしにアメリカンチェリーを一粒皿から取って食べ、余った茎をひょい、と差し出してきた。

「はい、あげる」

 意図する所に気づき、しょうがないなと受け取り、ぽいっと口に含む。ひょいひょいと舌を使って茎を手早く結ぶ。こんなもの、朝飯前だ。
 ほどけないような結び目が出来たのを確認してから、手のひらの上に出してみせた。

「ほらよ」

 すると、彼女は綺麗に結ばれている茎をしみじみと眺めてから、一つ盛大なため息を吐き出した。俯いて拗ねた口調でぶつぶつと呟く。

「そうよね、センセイだもんね。できるに決まってるわよね……なのに何で私はできないのかしら?」
「俺は理由、判るぞ」

 がっくりと肩を落とした紫穂の頭をくしゃくしゃと撫でながら疑問に答えてみると、え、判るの? といった風情でこちらを見上げてきた。
 ふ、と少し微笑んでそっと赤い唇にキスを一つ。きょとん、と目を丸くして賢木を見つめてきた彼女から少しだけ視線を逸らし、少し苦笑いしながら言葉を紡ぐ。

「今みたいなキスじゃ、いくら経ってもサクランボの茎をうまく結ぶことができないから、だよ」
「えっと……」

 目の前で混乱している彼女の耳元に、そっと続きの言葉をささやいた。

「もっと大人のキスじゃなきゃ、だめだってことさ」
「……じゃあ、それ教えてよ」

 耳まで赤くなりながらそっと腕にすがってきた少女の手をぎゅっと握り、賢木は苦笑した。

「まあ、もうしばらくは無理かな」
「どうしてっ?」
「うるさい、監視がいるから?」

 賢木に向き直ってかみつかんばかりの勢いで問いかけた紫穂に、賢木は背後に向かって親指で指し示す。
 ふぇ、とまぬけな声を出して紫穂が賢木が指差した方に視線を向ける。
 賢木も渋々と振り返ってリビングの扉に目をやった。先程からしっかりと気配を感じてはいたが、案の定、頬を引きつらせ眉がぴくぴく痙攣している皆本がそこには立っていて。

「さーかーきー……」

 仁王立ちをし、何やら背後から出てきそうな気迫に賢木は苦笑して、「もうそっち行くから」と皆本に軽く一声かけた。そのあと紫穂の耳に口を寄せ、そっと囁く。

「そのうちちゃんと教えてやるから、しばらくは我慢な」

 またもたちまち耳まで赤くして俯いた紫穂が可愛らしくて離れたくなくて。でも悲しいかな、つかつかと歩いてきた皆本が賢木の耳をぐいっと引っ張って紫穂から引き離した。

「皆本さーん、痛いんですけどー……」
「いいわけは向こうで聞く。とりあえずとっとと出る!」
「ちゃんと出るから耳はやめようぜー。本当に痛いから!」

 ぐいぐいと引っ張られながら、やっぱりここに来る時は紫穂がいない時にしよう、と思わず誓ってしまう賢木なのであった。

 

 


 ・注釈。
 超ベタですみませんっ! タイトルもやっつけ系ですみません(でも気に入ってる)
 「紫穂ちゃんがもうちょっと大きくなるまではそういうことはしたくない」
 ってセンセイは本当は思ってるに違いないと踏みながら書いてたお話(笑)
 でも、彼女と一緒にいるとついつい手を出したくなるのもきっと本能w
 毎日葛藤してるんじゃないの? みたいな(笑)
 そして皆本さんはいつまでもツッコミ役(爆)
 あと、背景のチェリーは佐藤錦。……だって今年、アメリカンチェリー食べなかったんだもん(笑) 

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