「だからね、いつも言ってるでしょ」
紫穂の半分怒った、半分は恥ずかしがっている声に賢木はわざとらしく首を傾げる。
「おー、聞いた事ないぞ? なんて言ってたっけ?」
同じ状況になるたび言っているというのに、誤摩化すかのような軽い口調にこめかみをひくつかせ、拳を小さくふるわせながら紫穂は強い口調で言い放った。
「明るい場所で服を脱がしにかかるの、やめてほしいって何度も言ってるじゃない、もうっ!」
「えーだってしょうがないじゃん。そういう気分になったらいつでもどこでも、って思うのは男の性だと思うんだけどなぁ」
休日のまったりとした昼下がり。
脱がされかけたワンピースの乱れをいそいそと後ろを向いて直している愛しの彼女に、賢木は言い訳とも主張ともつかないことを言ってしまう。
いや、実際今だってそういった状況になったから思わず服に手をかけてしまったわけで。自分一人が悪いわけではないと……思いたい。
けれども紫穂にとってはけっこう死活問題のようだ。今だって実際耳を真っ赤にさせているのが見て取れる。
(まあ、恥ずかしいってのは判らない訳じゃないんだけどなぁ)
なんて考えていると、服を整え終わったらしい紫穂がくるりとこちらを振り向いた。目尻はつり上がっているのに頬は真っ赤に染まっていて、それがまた劣情を誘う……とは本人には言えないので飲み込んでおくことにした。
「明るいところは……は、恥ずかしいんだってば。ずっと前から言ってるでしょ? 結局寝室行くんだから最初からそっちの方がいいじゃない」
まだ恥ずかしいのか、目線は微妙に外している。
(ああもう、かわいいなぁっ!)
そっと歩み寄ってぎゅっと両手で彼女の頬を挟み自分の方に向けさせてからこつりと額をあわせる。しばし見つめてから、ちゅ、と触れるだけのキスを一つ落とす。
「紫穂が可愛すぎるから、ついつい……な。今度から気をつけるからさ」
「っていうのも何度も聞きましたけど……」
触れている頬の温度がますます上がったことに気づかれてほしくなくて、紫穂は抗議の声でごまかしてみる。
……触れられている時点で、自分たちサイコメトラーにとってはあまり意味をなさないごまかし方だけれど、まあしょうがない。
「しょうがないだろー、約束忘れるくらい可愛いんだから」
紫穂の思惑に気づいたのか透視むまではしなかったのか、賢木は普通に反論してくる。……けれど、その反論の内容はものすごく甘ったるくて、どうしたらいいか判らなくなってしまう。
むう、とむくれて口を尖らせたまま、紫穂は目線を合わせて懇願する。
「……その、可愛い彼女の心からのお願いなんだから聞いてよ。ねっ」
戸惑い気味の紫穂の言葉に、賢木はとりあえずうなずいておいた。
「次、約束破ったらこっちにも考えがあるんだからね」
紫穂のその言葉がどんなに大事か気づきもしないで。
それから数日後の夕方。
予定時刻になっても待ち合わせ場所に現れなかったため、きっと仕事だろうと踏んで向かったバベルの研究室に案の定、賢木はいた。
真剣に仕事をしている白衣の後ろ姿を視界に入れながら持ち込んできたチョコ菓子を頬張りつつ、冷蔵庫においてある自分専用ミルクティーをこくり、と飲み干す。
「もう少しだから待ってろよー」
勝手に解錠して部屋に入ってきた紫穂を咎めることもせず、賢木は背中越しに声をかけてきた。
「んー、もう少しじゃなかったら帰るから、急いでねv」
「おまっ、何怖いこと言ってるんだよ。寂しいこと言わないでっ」
「声だけ猫なで声でもどうしようもないわよ。……大丈夫。よっぽどのことがない限りはここにいるから」
ふふ、と軽く微笑みながら紫穂は賢木の背中を改めて見つめた。
実際、彼の仕事姿を見ているのは嫌いじゃない。背中越しにでも伝わる真剣な雰囲気、一所懸命に書類だったりパソコンだったりに向かっている横顔はいつも自分に向けられている表情とはまるで違う。だからこそ、そのギャップにときめいてしまうのだ。
現に今だって、真剣に書類を眺めているのを見ているだけで、なんだか頬が紅潮してしまう。
(特務で真剣に仕事している時もドキドキするけど、お医者様の顔をしている方が好きかも)
そんなこと本人には恥ずかしいから言わないけどね、なんて考えつつ肩を軽く竦めた時、くるりと椅子を回転させて賢木がこちらに向き直った。
「終わったぞー……って紫穂、何でおまえ頬赤いんだ、風邪か?」
「ち、違うわよっ」
とっさのことでびっくりして立ち上がり、両手をぶんぶんと振りながら狼狽えた返事をしてしまった。賢木はその狼狽えぶりが引っかかったのか、立ち上がってこちらに近づいてくる。
「ん、とりあえず熱はない。ってことはなんかやーらしいこと考えてたんだろ?」
「そ、そんなことないってば!」
おでこに手を当てられてますます動揺している紫穂がものすごく気になって、賢木は彼女の腰をぐいっと抱き寄せて、耳元でささやいた。
「んじゃ、何で顔赤いか聞かせてほしいなぁ」
ついでとばかりにかわいらしい耳たぶを唇で食んでみる。
「……んっ」
吐息混じりに聞こえてくるのは色香を含んだか細い声。ふっと細く吐き出された息は賢木の首筋をくすぐって、ゾクリとした。
その勢いのまま、すっとセーラー服のリボンに手をかけ、しゅるりと解く。ナイロンの衣擦れの音がやけに大きく響いた。
ポイッと無造作に手にしたそれを放り投げ、もう片方の手で襟に手をかけた途端。
くるり。
と賢木の視界が半回転した。背中にどさり、と柔らかいものが当たる感触。続いてお腹に何か重いものが乗っかる感触。
「……へっ?」
何が起きたのか判らないまま視線を泳がせた先に見えたものに、何度か瞬きをして状況を把握する。
「私、この間センセイに言ったわよね? 次約束やぶったらこっちにも考えがあるって」
見下ろしてくるのは、冷めた色と燃えさかる色、両方の色を瞳に浮かべた紫穂の姿。
肩に手をつき、起き上がれないように抑え、且つ賢木に馬乗りになって動きを封じていた。さりげなく太ももに紫穂自身の足を絡め、足の動きさえも封じている。立派な拘束だ。
「約束やぶったんだから、今回はこっちから仕掛けてあ・げ・るっ」
ニッコリ。まさしくその表現がふさわしい微笑みに、約束って何だっけ、と賢木は逡巡し、そしてはたと思い当たった。
まさかあの約束が本気だとは思ってもみなかったので、すっかり忘れていたのだ。
小悪魔な満面の微笑みを浮かべつつ、紫穂はそっと賢木の首筋に唇を寄せながら、シャツを引っ張りながら腹筋の割れ目をつつ、となぞった。
触られた快感といやな予感にぞくり、と賢木の背中が震える。
「ちょっと痛いかもしれないけど、覚悟はしてね、センセイ。私を怒らせた代償は大きいんだからねっ」
「え、ちょ、紫穂さんっ。あ、そこはだめだから、おま……」
数瞬後、賢木の悲痛な叫び声が研究室にこだました。
ただ、完全防音なので外には何も聴こえる事はなかったのであった。
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