「ねえ?」
紫穂の問いかけに、賢木が不思議そうな顔をこちらに向けてきた。
「どした?」
「どした、じゃないわ。今は何月だと思ってるのよ」
こちらの怒りを飄々と流して、賢木はニッコリと微笑むのだ。
「いや、3月だけど」
「……こんな寒い日に外でアイス食べるとか、あり得ないと思うんだけどっ」
ぴゅーぴゅーと寒風吹きすさぶ、3月のとある休日。
二人はいつものように仲良く出かけていた。行き先は、以前事件があった都区内外れの新興住宅地の中にある、複合施設脇の大きな公園。
都心からのアクセスが容易なことと、都区内でも有数の広さを有しているこの公園は、週末ともなるとまったりと過ごしたい人たちでにぎわいを見せる。
紫穂と賢木も、ご多分に漏れずまったりとしにやってきた。ただ、真冬でも人が多い中央の芝生広場は避けて外周の散歩道を優雅に散歩したり、バードサンクチュアリで備え付けの双眼鏡で鳥を見たり。
風は多少強かったものの日差しは3月のそれで、本来の目的であるまったりとした時間を過ごすことが出来た。
ただ、まだ春分の日を過ぎてないこともあり、あっという間に大陽は傾いていってしまう。15時過ぎるともう、日差しは細くなり、寒さも増してくる。
(寒くなってきたし、そろそろお洋服とかも見てみたいし。それに、お昼以来何も食べてないからちょっとおなかすいちゃったかも)
などと色々と思いながらちらり、と横にいる賢木に視線を送る。それだけで紫穂が何か言いたいのか判ったのだろう。賢木がぽん、と紫穂の頭を撫でてきた。
「ま、そろそろおやつ時だしな、どっか店にでも入るか」
「おやつ時ってあまり使わない言葉だと思うんですけどー。センセイってばいつの時代の人よ?」
「……えっと、ギリギリ昭和辺りだった気がする」
「ああそれで」
「しょ、昭和生まれをなめるなっ!」
などと掛け合い漫才のような会話を展開しつつてくてくと公園を抜け、複合施設の方に向かっていく。
広い歩行者用の通り沿いには、様々なチェーン店が軒を連ねている。ファストフード店から、コーヒーショップから落ち着いた喫茶店まで。
どこに連れてってくれるのかしら、さすがにファストフードはイヤだなぁと思っていると、賢木は連なる店の一番端まで紫穂を引っ張ってきた。
「センセイ、ここ……」
紫穂の目の前には誰もがよーく知っているアイスクリームショップの看板がそびえ立っていた。
「ささ、どうぞお姫さま」
一瞬立ち止まった紫穂の背中をぐぐっと押して、賢木はショップの中へと紫穂を促す。何であえて賢木がここを選んだのだろう、という疑問が胸の中で燻っているが、透視むほどでもないし、まあ何かしらの意図があるのだろうくらいに考えて押されるがままに入っていった。
──中は、3月とは思えないほどに混雑していた。そう言えば覗いたどの店もなんかものすごく混んでいた気がする。公園に来た人たちだけではなく、この近辺の団地に住んでいる住人たちが買いに来ているのだろう、というのが伺えた。何故ならどの店のイートインコーナーも、ものすごく閑散としてたから。
「ちょっと待ってな、買ってくるから」
店内観察をしている間に、賢木は一言言い残して列の中になじんでしまう。
ちょっと、好みとかあるじゃない、と声をかけようとしたが、先程の態度といい何かしらの意図があるのは間違いないので、ここはおとなしく待ってみる。
──ここは一つ、ノせられてみようじゃない。
そうして冒頭に戻る。
コーンアイスを二つ手にした賢木は、店内のイートインコーナーに流れることなくそのまま店の外に出てしまったのだ。あいている方の手で腕をつかまれ引っ張られて、店のすぐ傍にあるベンチへと導かれた。さっさと一人で座って、自分の横の椅子をぽん、と叩いて示す。
「んもう! なんで外で食べるかくらいは教えてくれてもいいじゃない!」
「……とりあえず食べてから話してやるよ。ま、座れって」
こういわれてしまってはどうしようもない。ぷうっと頬を膨らませたまま紫穂は賢木の横にくっついて座り、アイスを受け取った。途端、ふわっと背中に重みがかかる。見ると、賢木の上着がかけられていた。
「ヤダ、センセイ寒いでしょ? 私は大丈夫だから、ね?」
慌てて返そうとすると押しとどめられる。
「俺は大丈夫だから。ここに座らせちゃったってのもあるしな。──ま、とりあえずそれ食べてみ?」
とりあえず急いで食べてセンセイに上着を返そう、そう決めて紫穂は手にしていたアイスを、ぱくりと口にした。
「……あ、おいし」
自然と、言葉がこぼれる。
「これ、季節限定のフレーバーなんだけどさ、こないだ食べた時に美味いなって思って紫穂に食べさせたくて連れて来たんだ」
ラズベリーの酸っぱさと、アイスの甘さが見事なコラボ。その上。
「あら、これって」
紫穂はアイスの中から出て来たチョコレートの形に驚く。
それはまぎれもなく、ハートの形。
しかも口に入れてかむと、いっぱいに広がるラズベリーソース。面白さと美味しさが楽しくて、紫穂はあっという間にアイスを食べきってしまった。
「これ、おもしろーいっ。しかも美味しいし」
「アイスのうまさにも感動したんだけどさ、一番気に入ったのは名前なんだ」
そう言いながら賢木は先程貰って来たらしいリーフレットを紫穂に手渡して来た。コーンをかりかりと食べながらでは開くのが面倒だったので透視してみる。
「らぶ・ぽーしょん……?」
自分が食べていたアイスの名前を探り当て、紫穂は小首を傾げてしまう。直訳すると『恋の薬』だ。うーん、他にいい訳し方ってあるかしら?
「紫穂、今英語を直訳したろ?」
読まなくても表情で判ったらしい、賢木が苦笑しながら問いかけてくる。紫穂は素直に頷いた。
「もっかい、透視してみ。ちゃんと説明文の所まで」
言われて今度は先程より深く透視を試みる。自分が今食べていたアイスの下にある説明文、そこに書かれているのは……。
読めた途端、頬がぽっと赤くなってしまう。恥ずかしくて、顔を見ないようにして賢木に寄りかかる。どうして外で食べたのか、今ようやく理解が出来た。
(店の中でいきなり顔赤らめたりしたら、色んな人に見られちゃうものね。ここは外だけど人通りが少ない所だし)
「だからあえて、何も言わないで渡したんだ。もっと惚れてくれるように、ってさ」
笑いながら肩を抱く賢木に向かって、視線を合わさないまま紫穂は言った。
「『恋の媚薬』なんて使わなくても私はあなたにとっくに惚れ込んでるのよ? 知ってるでしょ?」
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