ツッコミどころ満載でラヴリーな『照姫まつり』
とりあえず概要。
第十四回 照姫まつり
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・ 時/2001年4月22日(日)10:30〜15:30
・場所/練馬区石神井公園とその周辺
・内容/照姫行列・物産展・野外ステージなどetcetc。
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・照姫及び豊島氏については、もうちょっとあとで紹介します。今まとめている最中でございます♪
遠野の視点で見た『照姫まつり』
・前日までの雨が止んですっきり青空。
でも遠野は筋肉痛で動けず(爆)
本来なら行列の最初から最後までくっついていきたいと思っていたのですが、敢え無く断念で、駅前で行われるという行列の皆様が行うという演技だけを見に行く事に。
始まりが13:50との事で、合わせて出たのですが、着いた時にはまだ演技は始まっていなくてちょっとよかったかなぁ、と。
で、お姉さんのアナウンスと共に江古田沼袋(えごたぬまぶくろ)の合戦の後の石神井城の場面から演技が始まったのでした。
演技をすべくずらっと並んでいる人たち、その段階でまず疑問。
奥方と照姫、これは分かる。もちろん豊島泰経、ヒゲ生えてるから分かる。
泰経の横にいる兜をかぶった人、多分これは泰経の息子の泰保(康保)だろう。
でもでも。
その周りのお姉さん達(明らかに姫君)×4ってのは何!?
どう考えてもそんなに子どもいないだろう泰経。
・次にツッコミ入れようかと思ったのが、アナウンスのお姉さんの台詞。
『豊島泰経は宝物庫の中身を白馬に移し替え共に三宝寺池にざんぶと飛び込み、照姫様はあとを追って入水されたのでございます〜云々』
泰経このあと平塚城(田端の辺り)に移って再起計ろうとして失敗して云々〜って、私、本で見たぞ(爆)
入水してまで生き延びるってのは変だろう。このアナウンスじゃ完璧にここで死んだようにしか聞こえないって。
まあ、そもそも伝説でしかないんだけどさぁ。
でも、伝説と実際の出来事が違う確率が高すぎるぞ、これ。
(その後の御指摘で、99%伝説と判明)
・あとはねぇ、やっぱり時代の流れを感じさせるというか何というか。
輿にね、台車がついているんですよ。しくしく。
こんなかんじ(笑)(しかし、最初にのっけた自分の絵がこれかい:苦笑)
もう、輿を持ち上げられるような人っていないんですかねぇ?
(掲示板で指摘がありましたが、一回危険な事態に陥ったからだそうです。しかし、高校生が運んでいるとは)
・で、ちょっとウケたのが、豊島氏に仕えている武将が、自分の名前が書かれている旗を背中に付けて歩いていた事。
いえね、誰が誰だか分からないだろうという皆様からのツッコミを受けて(かどうかは定かではないけど)付けてるんじゃないかと思うんだけど。
何だか間抜けじゃ(苦笑)
大人達、きっと子供達に『なんて読むの〜?』って聞かれても答えられんぞ。
名前付けて歩くのであれば、ルビは振ってほしかった……。
・更にウケたのが、豊島泰経役の輪嶋さん。
声が、声がぁ〜。
完璧にNHKなんかで出てくる体操の先生の声なのぉ〜っ。
いえ、彼はれっきとした体操のお兄さんなんですけど。
あんなに優しそうな声の戦国武将はいやだぞ私。
・そして極めつけ。
行列の一行が駅前から移動して、さて、そろそろ去るか、と思って後ろを振り向いた私の目に飛び込んできたものそれはっ!
これ♪
ステキよカーネルサンダ○ス♪
因みに名前は『武者カーネル』だそうです。
……せめて、豊島家の家来くらいは言ってほしかったわ(笑)
もう、なにもかも楽しい一日でした。
でもね。
私の前にいた方、私がダンナに向かって『あれがどうこう〜』って言ってる時に不審げな目でこっちを見るのはやめて下さい(爆)
そして。
上の『武者カーネル』撮る為だけに一旦うちに帰ってデジカメ抱えて戻ってきた事は、秘密♪
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