小説バーチャロン

 


「納得いかねぇな、俺は」
 気密服の胸元を大きく開きながら、ユーリー・グロホレツ中尉は吐き出すように言った。
 窓の外には、月面のクレーターが強い太陽光に照らされ、大きく抉られたその痘痕面を強いコントラストで見せていた。
 真空の闇と月面――そして彼方に、かすかに見える建設物。
 通称〈遺跡〉――いまや他の地球圏国家を圧倒するまでの富と権力、そして武力を持ったDN社が、まだ単なる「地球圏企業国家」のひとつだったころ、その月面基地のすぐ近くに発見された、人類の未だ知らぬ高度な文明の跡。
 そしてDN社の運命を変え、人類の未来を大きく変えたオーヴァーテクノロジーの詰まった場所。
 鈍く白銀に輝くその建設物は、周囲を要塞のごとく高い塀で覆われ、その塀にはあらゆる場所に「隠し武器」が備えつけられていた。
 質量兵器、ロケット兵器、ビーム兵器。
 単純なものは月面の岩石を砕いた弾丸をバネ仕掛けで発射する簡易投石兵器から、複雑なものは飛来物を軌跡追尾し、振動で砕くエクサイマー高出力レーザー砲まで。
 これは、すでに一企業の、単なる開発基地とは呼べない代物だった。
 本来、ここは軍事拠点ではない。
 ここを軍事拠点同様にしてしまったのは、DN社本人である。
 ここから出土したオーヴァーテクノロジーを、DN社は独占した。
 他の企業国家を出し抜くために、秘密裏にオーヴァーテクノロジーを囲ってしまったのだ。
 いまや人類は地球圏を脱出し、月面はおろか、太陽系を遥かに越えた惑星にも移住し、その星々に人々は生活し、国家を形成している。
 国家は企業が主体となって構成され、それは次第に「地球圏企業国家」という形態に進化発展していった。
 地球圏企業国家は私企業であると同時に国家であり、国民を養う義務があった。企業としての形態はさまざまであり、そのほとんどが複合経済企業・コングロマリットとして形作られていた。
 DN社とて、それは同じである。
 DN社はけっして現在のように「軍事関係の巨大企業」ではなかったのだ。
 少なくとも、〈遺跡〉を発見する前までは――。
「納得いかないっていわれても、これは上の命令なんだよ。ま、我慢しろや」
 ユーリーの肩を叩きつつ、ロバート・ブッシュ大尉もその胸元を大きく開け、ぐっ、と伸びをする。
「上、上、上……出世が早いやつの言うことは違うねぇ」
 ユーリーは呆れた口調で言い放ち、ロバートにくるりと背を向ける。スモークのかかった窓から月面の鈍い光を受け、その眼をわずかに細める。
 ロバートはそれには応えず、肩をすくめると天井を見やった。
 蛍光灯がちらちらと瞬いていた。
 わずか二週間前までの明るいフロリダの太陽が嘘のようだ――ロバートはため息をつき、再びユーリーに向き直る。
 ユーリーはまだ窓の外を見ていた。
 明日になったら、あの〈遺跡〉に降りるのだ。
 そこに待っているものは、昨日の月面周回軌道上のスペースドックなどとは比べ物にならない「恐怖」に他ならない。
 DN社は何か大きな隠し事をしている――それは、外交関係の素人であるユーリーにもおぼろげながら判っていた。
 噂は知っている。だが、一体何があるのか? 
 そもそもこのオペレーションには、国家間の大義名分はない。あくまで地域紛争の形を取ったイレギュラーな戦闘だ。
 宣戦布告を伴わない、異国間の戦争なのだ。国家間協約に違反した行為であり、企業国家そのものが処罰の対象になる重犯罪でもある。
 だからこそ、隠密行動の可能な、少数精鋭のエキスパート部隊が導入されるべきだ、とユーリーは考えていた。
 しかし、実際に配備されたこのメンバーは何だ?
 自分はまだ若い。先月、三十二歳になったばかりだ。ロバートはユニバーシティで同学年だった男である。二人とも尉官ではあるが、作戦の総指揮を取った経験はない。
 そして、アイツらだ!
「あーっ、絶対納得いかーん!」
 ユーリーは髪をかきむしり、大声で呻く。大柄なその身体をオーバーアクションで回転させ、がばっと振り向いて見れば、そこにはロバートの呆れ顔があった。
「だからさ……しょーがないだろ? これは上からの……」
「上でも下でもどーでもいいんだよそんなこたぁ! あのガキを何とかしろって言ってるんだ俺は! 何であんなガキが……」
 そこまで言って、ユーリーははっとして廊下の端を見やる。
 廊下の端――突き当たりのあたりに、人影があった。
 背はけっして高くない。ユーリーが身長百八十センチ、ロバートが百八十五センチあるせいもあるが、華奢な体躯と相まって、小さく、貧相に見えてしまう。
 髪は短く、顔つきもほっそりとして、いくぶん色白なその皮膚から、病弱な雰囲気すら漂わせている。
 少年である。ユーリーもロバートも、彼の正式な年齢を訊いたわけではないが、その外見から推察するに、十七歳あたりではなかろうか。
 その背後には、少年よりも小柄だが、しかしけっして少年ほど弱々しくは見えない少女がいた。ふっくらとした、少女らしい身体つきをしている。
 ショートカットにした栗色の髪が活発さを演出しているが、その眼は伏し目がちで、髪型や体格から感じられるほどの躍動感は、その瞳の中にはない。
 少女は、少年よりは幼く見える。十五歳ほどだろう。
 少年も少女も、いまだにユーリーやロバートに名乗りもしないし、その素性もいっさい口にしていない。
 というより、会話がないのだ。喋ろう、という意思すら感じられない。知り合いではないのだろう、少年と少女の間にも、会話は成立していない様子であった。
「……暗いんだよ、あっち行け!」
 ユーリーは叫んだ。我慢ができなかった。ロバートが止める暇もなかった。少年と少女は、一瞬だけ上目使いになってユーリーを見たが、やはり何も言わず、ゆっくりとした動作で廊下を奥に歩いていった。
 角を曲がり、見えなくなったところで、ユーリーが大きく息を吐いた。安堵と不快感の入り交じった、熱い吐息だった。
「……俺はいまだに信じられねぇ。やつが……やつがアファームドを一撃で倒したなんて……」
「それは事実だ」
 ロバートは角を曲がった少年達を追うように視線を宙に浮かしたまま、ぼそっと答えた。
「それは……事実だ……」



 DN社の発見したオーヴァーテクノロジーは、大別してふたつあった。
 ひとつは、Vコンバータと呼ばれる、強力な駆動機関の開発。
 遺跡内部から発見された人類のものとは思えぬ文明の技術は、その言語体系や技術体系が人類のものとは大きく異なるために、解析そのものが困難な作業であった。
 その中でも、技術陣が特に興味をそそられたのが、遺跡の奥深くに眠っていた未知の発動機関であった。
 今まで人類が出会ったこともないような小型・高出力・低燃費の駆動機関。完全なブラックボックスであるにもかかわらず、DT社の技術陣はこれを「窮極のエンジンである」と判断、我がものにすべく研究を行った。
 そして人類がVコンバータを手に入れたとき、もうひとつのオーヴァテクノロジーが人類の手で蘇ることとなった。
 〈遺跡〉内部で発掘された巨大人型兵器――のちにバル・バス・バウと呼ばれる機体――である。
 Vコンバータによって得られた巨大なエネルギーは、今まで人類が考えもつかなかった「巨大高機動人型兵器」をもたらす結果となる。
 異文明の巨大兵器バル・バス・バウはしかし、ついにDT社の技術の粋を持ってしても復活しなかった。レプリカを作り、機動試験をし、その内容を検討する――その繰り返しの中で、重大な事故が発生したのだ。
 幾人もの死者が出た。技術者が、科学者が、そして金を出すべきオーナーまでが――研究は頓挫せざるを得なくなっていた。
 DT社は考えを転換させる。
 バル・バス・バウは異文明の機械である。その修復・制御は困難だ。では、Vコンバータを搭載した、自分たちの設計した巨大人型機械なら制御できるのではないか?
 バル・バス・バウから膨大なデータが取られ、ノウハウが蓄積され、ここに新たなプロジェクトが発動する。
 人類の手による、巨大高機動人型兵器の誕生である。
 DT社には別部門として、巨大人型兵器を研究するブロックがあった。従来のジェネレータで駆動させようと設計されていたそれらは、しかし結果的にパワー不足に泣かされ、実戦どころか試験機ですらまともに動かない木偶たちであった。
 そこで研究されていた試作機に、オーヴァーテクノロジーであるVコンバータと、そのパワーに見合うジェネレータを装備すれば、それはバル・バス・バウに勝るとも劣らない兵器となるはずであった。
 数年の時を経て、二機の巨大人型兵器が完成する。
 高機動汎用型兵器――コードナンパーMBV04G、テムジン。
 重装甲重武装兵器――コードナンバーHBV05E、ライデン。
 この二機が、時代を完全に変えてしまった。
 重力下・宇宙空間を問わず、この二機の登場が、あらゆる軍事バランスを一変してしまったのだ。
 その兵器は、電脳歴(バーチャル・センチュリー)時代に生まれた人型兵器を意味する「バーチャロイド」と称された。
 バーチャロイドの出現は、企業国家間の紛争そのものを大きく変えていった。
 テムジンとライデンを実戦配備したDN社の国家軍は、地域紛争に於て絶大なる戦果を上げ、次第にその領土を拡大していく。
 戦争そのものは、時代がどんなに変わっても、けっしてなくなることはない。人類は新しい玩具を手にしてしまった。玩具が手に入れば、使いたくなるのが人情である。
 テムジンをベースに戦術偵察用高機動型のバイパー、白兵戦用高機動型のアファームドが、ライデンをベースに量産型重火器型のベルグドル、小型軽量パワー型のドルカスが開発され、DT社は向かうところ敵なしの状態になっていく。
 そしてDT社はテムジンタイプとベルグドルタイプを公式に輸出商品として量産、各企業国家への売買をも開始していた。
 バーチャロイドそのものは、他の企業国家でも研究開発できるだろう。しかし、完全なるブラックボックスであるVコンバータは量産できない。また、Vコンバータ以上に効率よくバーチャロイドを動かせる動力機関は、人類の手にはなかった。
 武力・富・そして揺るがぬ地位――国家としてのDT社は確固たるものになっていった。
 そんなDT社に、妙な噂が立ったのは、いったいいつからであろうか。
「DT社の月面基地には、いまだ掘り出されていない無数のVコンバータが存在する――」
 あってもおかしくないことである。
 しかし、その話には続きがあった。
「その無数のVコンバータのエネルギーは人類の科学では制御しきれない。爆発するかもしれず、そうなれば月はおろか地球そのものも危険である――」
 根も葉もないうわさ話かもしれない。
 しかし、完全に否定できる話でもない。
 折しもバーチャロイドの輸出が始まり、ブラックボックスであるVコンバータがいったいどうやって作られているのかが各国家で話題になっている時期でもあった。
 オーヴァーテクノロジーの独り占めが国際問題になってきた頃、外交筋で頻繁に流れていた噂である。
 この噂が立った数日後、DT社は突如としてバーチャロイドの輸出をストップしてしまう。
 オーヴァーテクノロジーについて、その出所を暴かれることを恐れたのか?
 結果的に、予約注文の入っていた分を加えると、テムジンが二百六十八機、ベルグドルが百三十九機、DT社以外の軍に渡ったことになる。
 その二百六十八機中の一機の足元に、ユーリー中尉はいた。
 ブルーとホワイトに塗り分けられた鮮やかなカラーリングのその機体は、兵器と呼ぶにはあまりに人間臭いデザインのマシンであった。
 人間で言うところの「顔」に値するパーツは、ちょうどVRゴーグルをかけた人間のようである。眼の部分に四角く出っ張ったグリーンのカメラパーツが、薄暗い格納庫を睥睨する。
 四肢のバランスは人間に近い。指も五本あるし、関節も人間同様に曲がる。腰周りが人間よりも華奢に見えるが、むろん兵器として脆弱なわけではない。
 背中に箱を背負っている。ちょうど大きめの弁当箱のような感覚だ。これがVコンパータである。高速駆動時には蓋が開き、中から銀色の円盤状のコアが出現し、高速回転してエネルギーを作り出す。Vクリスタルと呼ばれる、パワーの源だ。だが、実際にそれを見たことのあるパイロットは少ない。自分の背中のことなど戦闘中には構っていられないし、敵の背中を見たときには、Vクリスタルを回転させることなくビームを食らわせているはずである。
 愛機の傷だらけの肌を撫でながら、ユーリーは考えていた。
 あの少年のことである。
 このオペレーション――コードネーム・ムーンゲート――は、本来、敵の心臓部である〈遺跡〉を急襲する、窮極の作戦である。
 だが、その参加者は、僅か三十名ほどのチームでしかない。
 パイロットは四名、指揮官はロバート大尉であり、彼はパイロットを兼任している。メカニックが各機体に五名ずつの計二十名、この小さなスペースボートの操縦士と機関士、そして通信士。看護兵と予備人員が合計で三名。
 たったこれだけの人数で、噂の真相を確かめ、必要あらば破壊せねばならないのだ。
 作戦としては、あまりに無謀である。
 確かにDT社の月面基地は軍事施設ではない。防衛機構はあるが、バーチャロイドの敵ではない。
 だが、あのスペースドックでの激戦はなんだ?
 DT社軍のバーチャロイドは、あそこだけで何機いた?
 ユーリーは自問する。
 全部をはっきりと記憶しているわけではないが、少なくともテムジンタイプが八機、ベルグドルタイプが四機、ドルカスタイプが四機はいた。十六機のバーチャロイドに対して、こちらは三機。しかも一人はガキだ……。
 ちらり、と隣のバーチャロイドを見る。
 テムジンの青に比べ、鮮やかな緋色をしたマシンがそこにはあった。
 華奢だ。角ばった身体には余計な……というより必要な装甲すらなく、とにかく軽量を目指して設計された機体であることは一目瞭然であった。
 全体に薄っぺらな印象を与える。テムジンが「人間そのもの」であるとすれば、この機体は「鳥になりきれなかった人間」とでも評すべきか。
 背中に巨大な羽根が生えている。大気のある場所では、この翼を展開して滑空するのだ。空中における機動力は、この機体をおいて右に出るものはない。
 バイパー。戦術偵察用バーチャロイド。公式には、DT社からの輸出はないことになっている機体。
 あの少年が操る機体である。
 最初、出撃時には、この機体はこの格納庫には存在しなかった。
 ユーリーとロバートの二人だけが出撃したのだ。
 ユーリーは青いテムジン、ロバートはモスグリーンのベルグドル。似ても似つかない二機のバーチャロイドが、虚空を潜り抜けていく。
 ベルグドルは大火器を背負っている。両肩に巨大なホーミングミサインランチャーを一基ずつ持っており、ここぞというとき便りになる。また、その頭部は人間の比率から考えるとかなり大きく、後方に皿のように突き出していた。頭部にホーミングミサイルの索敵・照準・誘導装置をすべて持ってきたためだ。
 そのために重心があまりに高くなってしまっているため、重力下では不安定で取り扱いの難しい機体でもあった。
 その点宇宙空間では、ミサイル発射時の反動さえ計算できれば、重心の関係は制御できる。ベルグドルは無重力戦においてもっともその真価を発揮できる機体であった。
 音もなく忍び寄る二機のバーチャロイド。その行く手には、巨大な建造物があった。
 月面への橋渡しに使われる、月周回軌道上に浮かぶ宇宙船の発着所――スペースドック。
 ユーリーたちのスペースボートをここに設置し、しかる後に〈遺跡〉へのアタックとなる。
 その前に、スペースドックに敵がいないかどうか、索敵の必要があった。
 全く人がいない、ということは性質上ありえない。しかし、戦闘空域でないこの場所に、DT社側のガード部隊がいるかどうかは判らなかった。
 敵のバーチャロイドがいないことを祈りながら、ユーリーとロバートはゆっくりと降下していく。
 不思議なことに、常識的に行われるであろう「無許可着陸への警告無線」がない。まさか、無人なのか?
 ユーリーはビームライフルを構え、いつでも発射できるような体制のまま、テムジンをドックに降ろした。
 軽い衝撃の後、テムジンの靴底にある電磁マグネットがドックの表面を噛んだ。
 続いて、グレネードランチャーを構えたベルグドルが降りる。
 ドックの管理室には、明りはあったが、人影はなかった。
 入港許可を示す紅いランプだけが、ゆっくり、ゆっくりと点滅している。
 カメラアイを三百六十度スキャンモードに移行し、丹念に周囲を調べる。温度変化や微震動、空気流出の有無まで、スキャンデータが次々にコックピットのモニターにウインドウとして表示される。
 その時、動きがあった。
 微震動と熱移動が検知された。前方、ドックの奥にある貨物ターミナルのハッチの向こう側だ。
 振動と熱は次第に大きくなり、明らかに何物かが蠢いていることを示していた。
「いるいる、バーチャロイドだ……それも二機とか三機とか、そんなチンケな量じゃないぞ……」
 ロバートが呟く。その声が、無線でユーリーに伝わる。
「ハンパじゃないってことか……予測できるか?」
「無理だな。熱が固まりになっちまった。少なく見積もって、十機……いや、それ以上」
 ユーリーがその口もとに微笑みを浮かべる。苦笑、というやつだ。同時に、トリガーの安全カバーを外す。テムジンの腰がゆっくりと落とされた。
「斉射するぞ。ミサイルはやめとけ、ドックとして使えなくなったら困るからな」
「了解、こっちもグレネードで応戦する」
 ベルグドルもまた腰を落とし、グレネードを貨物ターミナルに向けた。
「3……2……1……」
「てェーっ!」
 テムジンのビームライフルから、三条の閃光が放たれた。続いて、ベルグドルのグレネードランチャーからも三発の弾丸が弾き出される。瞬時にダッシュをかけ、左右に別れて走り出す二機のバーチャロイド。
 閃光と爆風が、狭いドックに充満した。
 シャッターの奥に潜んでいたDT社軍のバーチャロイドが爆風で吹き飛び、鉄屑と化す。しかし、その屍を乗り越え、次々に姿を表すバーチャロイドたち。
 テムジンタイプ、ベルグドルタイプ、そしてドルカスタイプ。
 ドルカスは重装甲かつハイパワーを活かした機動力を兼ね備えた、いわば万能タイプのバーチャロイドである。
 ドルカスはテムジンやベルグドルと違い、武器を持ち変えることを考慮されていない。そのため、火器はすべて内蔵式であり、五指マニピュレータは装備していない。右手は巨大な万力型のアームを、左手には巨大な球形ハンマーを有する。
 近距離での白兵戦時、多くのバーチャロイドはビームサーベルか、あるいはそれに類した近距離兵器を持っているが、ドルカスのそれはこの巨大ハンマーである。無数のビームの刺を生やし、近づく相手が何物であろうとも一撃のもとに粉砕する。また、このハンマーは射出使用も可能で、その場合は遠隔操作でホーミングし、敵機を追尾して撃墜する。
 低い重心はベルグドルの反省から生まれた独特のもので、ドルカスのシルエットは人間というよりもゴリラのそれに近かった。
 特徴的な角ばった右肩には、四基二列を二連装した計十六発のミサイル・ファランクスを装備する。敵に当てるというより、地面にばらまいて爆風で相手を破壊する兵器である。
 そして、ライフルの代わりとなる右腕の万力マニピュレータの中にある実体弾砲、通称ファイアボール。
 どの武器を取ってみても、その威力はオリジナルであるライデンに比べると劣るが、近距離・中距離の火力はけっして他のバーチャロイドに引けは取らない。ライデンが重戦車、ベルグドルがミサイル戦車であるとすれば、ドルカスは万能中型戦車といった位置づけか。
 横滑りにスライドしながら、ユーリーは立て続けにライフルを撃つ。光の弾が僅かながらにゆるいカーブを描き、固まったままで散開しないバーチャロイドたちに吸い込まれていく。
 ふたたび、閃光。
 ロバートのベルグドルがドックの建造物の影に隠れ、いったん停止する。ユーリーと同じ軌道で回避行動を取っていれば、この狭いドックの中である。簡単にその位置を読まれ、ミサイルやビームを「置かれて」しまうだろう。ロバートは一計を案じ、ドックの建造物に挟まれた狭い通路から中央にあえて踊り出る作戦を取った。
 高速旋回するユーリーを追って、五機ほどがついていく。その後ろにいた動きの鈍いドルカスが、意外な方向から顔を出したロバートに気づき、戸惑う。
 その動きの止まった「紅いゴリラ」に、ロバートのグレネードが突き刺さる。瞬時にして飛びのいたロバートは、ドルカスの爆光を正面に受けながら後方に高速移動、爆光の向こう側にいるはずのベルグドルにもグレネードを乱射する。
 振り向きざまに腰のラッチからナパームを掴み取ると、再び狭い通路にその身を隠すまでの短い時間を隠蔽すべく、建物越しに投げつける。
 ナパームは地面に着弾後、その爆煙を進行方向に五十メートルほども伸ばし、灼熱の爆風が建物の影に潜んでいた敵機さえも焼き尽くした。
 その間にグレネードのマガジンを交換し、ロバートはふたたび戦列に復帰する。通路を抜け、反対側から、こんどはユーリーと同じ方向に回り込む。
 ユーリーは引きつけに引きつけた敵機に対し、壁を使った大胆なターンでその正面を取っていた。背を向け逃げていたユーリーが不意に振り向いたことに一瞬の戸惑いを見せる敵機たち。その数、七機。
 ユーリーは左の安全装置も外し、左右両方のトリガーを押した。テムジンのビームライフルが唸りをあげて発光し、ビームエネルギーがその長い銃身に漲る。モニターには、七つの紅い二重丸が描かれていた。
 ――ダブルロックオン、近距離戦モードに入る。
 電子音がコックピットのユーリーに、自動モードチェンジを告げる。
 長大なるビームのサーベルが、一気に横に薙がれた。その切っ先から、青白く発光したビームエネルギーが迸る。巨大な蒼い半月が、七機のバーチャロイドを襲う。
 ユーリーに近い順に、次々に砕けていく敵機。瞬時にして、五機が原型をとどめぬほどに破壊されていた。
 テムジンの奥義、ビームカッターである。エネルギーの消耗率が高いため、実戦でこの技を使いこなすことは非常に難しいとされている。また、この技を使って、戦場から戻ったパイロットもまた少ないと言われる。
 しかし、ユーリーはこの技が好きだった。よほどのことがない限り、彼は戦場で必ず一度はこの武器を使った。そういった意味では、全テムジン使いの中でも、彼は一流の部類に入るのではないだろうか?
 まだ立ち上がることのできる二機に向かってユーリーは腰のラッチにあった投擲弾をプレゼントし、ダッシュで戦場を離脱する。
 ライフルのソードエネルギーのチャージまで、しばらく逃げ回る必要があった。
「ヘイ、ロバート。そっちはどうだい?」
「ベルグドルが三機、ドルカスが一機。そっちは?」
「テムジンが五機にベルグドルが二機だ。あとは二〜三機ってとこだろ? 思ったよりも楽だったな」
「そういう奢りは命取りだよ」
 ロバートは言うなり、グレネードを斉射する。三発の実体弾を食らい、建物の上にいたベルグドルが燃える。両肩のホーミングミサイルラッチが開き、今にも発射寸前であった。ミサイルに引火し、盛大に爆発するベルグドル。
「お前さんを狙ってたんだよ。感謝してくれよな」
「へいへい」
 ユーリーは舌を出してしぶしぶ従う。無論、感謝なぞしていない。「手柄をひとつ横取りされた」とでも思っているのだろう、逆に不満そうな顔つきで言った。
「じゃ、俺も助けてやらにゃいかんな」
 ユーリーのビームライフルが鳴いた。倉庫を突き破り、ロバートの背後に巨大な万力マニピュレータを叩き込もうしとしたドルカスの背中にビーム弾が炸裂した。轟音とともに倒れ込む「紅いゴリラ」。
「ドルカスタイプは装甲が厚いねぇ。一発じゃ死なねぇのかよ」
 その背後に立ち、ビームサーベルを構えるユーリー。モニタ上に、ふたたび紅い二重丸が描かれる。
「……何ッ?」
 しかし、その背後を襲うものがいた。計算では、このドルカスが最後の一機のはず……ユーリーは振り向く。衝撃の中、モニタは背後に、巨大な丸い球を認めていた。
 ホーミングハンマー……ドルカスがロバートを襲う前に、ユーリーに当たるように撃ち込んであった巨大ハンマーが、計算よりも遅くユーリーにヒットしたのだ。
 Vコンバータを強打され、ユーリーのテムジンは一瞬ではあったが機能を停止させていた。わずか四秒か五秒ほどの間であったが、その瞬間の恐怖をユーリーは一生忘れないだろう。
 モニタもコンソールの計器も、すべての電源が途絶えた。緊急電源が入るが、コンピュータの再起動までは時間がかかる。モニタ上にOSのにこやかなロゴマークが描かれている間、ユーリーは外界で何が起こっているのかを知ることはできない。
 ロバートが動いた。その動きは素早い。ダッシュでドルカスの側面を取ると、ナパームを放る。火軸がユーリーにかぶらないよう、瞬間的に取った判断だ。
 立ち上がるが、回避までは叶わない。ドルカスはナパームに焼かれる。
 ロバートは焼かれるドルカスに向かって、万全の策を取った。
 両肩のラッチが展開され、巨大な二本のミサイルが露出する。
 焼けただれたドルカスがゆっくりと立ち上がり、ロバートのベルグドルに向かってのろのろと歩み寄る。
 既にナパームによって、脚部関節の駆動部分が溶け落ちている。まともに歩くこともできない。
 ホーミングの軌道が決定し、モニタ上にスコープラインが引かれる。躊躇いなく、ロバートは左右のトリガーを引き絞った。
 ミサイルは発射後わずか○・一秒でドルカスに到達し、その身体は木っ端と化していた。
 爆風による振動がユーリーのテムジンに伝わったのと、テムジンのモニタが復活したのは、ほぼ同時だった。
 十六対二のハンディキャップマッチは、ユーリーとロバートの勝利に終わった。
 作戦時間はわずかに四分三十秒。
 損害は、ユーリーのテムジンの背面装甲の破壊のみにとどまった。
 大成功と言っていい。
 ユーリーとロバートは、ほっと息をついた。
 膝を折り、なかなか立ち上がろうとしないユーリーのテムジンに、ロバートのベルグドルが手を伸ばした。
 その時であった。
 爆煙の消えた貨物ターミナルのハッチの向こうから、ひとつの熱源が近づいてきたのだ。
 ゆっくり、ゆっくりと、そいつは歩いてきた。
 最初は逆光になっていて、その姿は肉眼では確認できない。しかし、破壊されたハッチの中から、鉄屑となったバーチャロイドたちを跨いで出てきたそのシルエットは、彼らふたりを驚愕させるに足るものであった。
 紅い帽子のような頭部。白銀に輝く、広い胸部装甲。腕部には通称ビーム・トンファーと呼ばれる近接兵器。下半身は迷彩塗装が施されている。
 最新鋭バーチャロイド・アファームド。もっとも人間に近いバランスを持った機体。中・近距離での白兵戦に長けたその機体は、太陽の光を浴びて、まるで肉体美を誇る筋肉男のようなシルエットを浮かび上がらせていた。
 テムジンをベースに作られたアファームドは、テムジンを上回るパワーを持つジェネレータを装備し、テムジンを上回る装甲を有し、そしてテムジンを上回る近接兵器を持つ。それでいて、その機動力はテムジンとほぼ同等である。
 一対一で勝てる相手ではない。
 ただでさえ、ユーリーのテムジンは傷ついている。ロバートはいるが、ベルグドルでは支援にもならないだろう。
 よもや、こんな最新鋭の機体まで配置されていたとは……ユーリーは臍を噛んだ。
 エネルギーの残量を見る。作戦続行可能時間はまだ二十分以上あるが、背中の損傷からか、ビームのチャージの効率が落ちている。装甲以外の損傷は見当たらないが、回路に異常があるのかもしれない。
 ロバートのベルグドルも同様だろう。必殺のホーミングミサイルも残りは一射分、二発のみ。ユーリーとロバートのコンビネーションで使うにも、チャンスは一度きりである。
 それに、ベルグドルはカタログスペックから言っても、アファームドのダッシュ突撃からのビームトンファーを躱すことはできない。
 どんな作戦を採るべきか……ユーリーはその脳を高速回転させていた。
 アファームドがその歩みを止めた。まるで傷つき、地面に落ちた小鳥を狙う大鷲のような、居丈高な雰囲気がそこには感じられた。
 アファームドは腰のマウントラッチからショットガンを取り出し、構えるでもなく、ぶらぶらと右手で振ってみせる。
 ショットガンとは言うが、実体弾ではなくビーム弾を吐き出す銃である。破壊力はテムジンのビームライフルほどではないが、アファームドには前方ダッシュから同一標的にバッテリ最大限のビーム弾を一箇所に連射する能力がある。こうなれば、一発一発は大したことのない弾丸でも、瞬間的に致命傷を与えられてしまう。
 立ち上がり、後退るユーリーとロバート。立ち止まったままで動こうとしないアファームド。
 これが西部劇なら、乾いた風に砂埃が舞い、枯れ草が丸まって転がってくることだろう。
 しかし、宇宙空間では、転がる草は生えていないし、吹くべき風もない。
 視界を遮る空気すらないのだ。
 はっきりとピントのあったモニタ越しに、アファームドはユーリーを見据えた。
 躊躇いがない。
 これ以上の戦闘は無意味である――そのカメラアイはそう物語っていた。
 温かみがない。
 機械の視線である。当然かもしれない。
 しかし、ユーリーには別の感慨が沸き上がっていた。
 ――もしや、無人機では?
 以前、軍の技術将校に訊いたことがあった。
 特定の施設や空間を守備するためのプログラムがある、と。人間の判断に近い、かなり幅のある戦闘ができると言われているが、その守備範囲は限定されるだろう、と。
 プログラムの関係で、あらゆる場所を護る万能の無人機はできないとも言っていた。
 工場、軍事基地、空港、宇宙ステーションなどの、閉鎖空間であればプログラムが可能であるらしい。
 宇宙ステーション……このスペースドックの中を守護する、非情の無人機。
 ユーリーは、この根拠のない感慨に賭けてみるつもりになっていた。
 無人機であれば、一定のプログラムに従って動いているのであれば、攻撃の意思を見せない限り攻撃しては来ない、と判断したのだ。
 だから、こちらがビームライフルを上げない限り、やつもショットガンを上げないだろう。
 こちらが投擲弾を取り出さない限り、やつもダッシュ攻撃をしてくることはないだろう。
 さらに言えば、無人機のプログラムがどれほどのものかは判断できないが、こちらの陳腐なコンビネーション攻撃など簡単に読まれ、反撃を食らってしまうのだろう、とも考えていた。
 このスペースドックでの戦闘はユーリー、ロバートともに初めてである。いわゆるコンピュータ上でのプログラムレッスン、「机上の空論」のレクチャーは受けてきた。しかし、敵はホームグラウンドである。あらゆる可能性をインプットしてあると考えた方がいいだろう。そうでなければ、無人機などという「信頼の置けないもの」を最後に出すことはしないだろう。
 人間の操るバーチャロイドの方が信頼されていないのだ。だから、先に出てきた。こいつらを全て倒すようなら、アファームドが必要な「強い敵」なのだと判断する――恐ろしい発想だった。
 無論、これらは全てユーリーの夢想である。事実かどうかは判らない。だが、ユーリーは賭けていた。観念していた、と言った方が正しいか。コンピュータに隙があるかどうかは判らないが、プログラムの一瞬の盲点を突くしかないと考えていた。
 テムジン捨て身の特殊攻撃――上空からビームサーベルを突き出し、滑空して切り込む最大奥義。
 これには、ビームライフルとビームサーベル、そして全身のエネルギーの全てをフルチャージ状態に保つ必要があった。
 投降したふりをし、隙を見てベルグドルがナパームで威嚇し、テムジンがジャンプできるだけの暇を作る。ナパームの炎が消えたとき、上空からは防御不能の蒼い鉄槌が振り降ろされている――。
 仮にこの作戦が失敗しても、ベルグドルにはまだホーミングミサイルが残されている。テムジンが舞い上がったら、その攻撃の成功・失敗を問わず、ロバートにはミサイルを撃ってもらう。この二面攻撃以外に、アファームドを倒す方法はなかった。
 近づかれたら終わりなのだ。
 こちらが近づいたときには、攻撃が決まっていなければならない。
 確率の低い賭けであった。
 しかし、正面から当たった場合、勝率はゼロに限りなく近づく。
 ゼロに賭ける気は、ユーリーにはなかった。
「いいな、ロバート。作戦コード〈オペレーション・スーパーハンマー〉、タイミングは任せる」
「……了解」

 

 

作:楽光一(Project T.A.C.)

初出:同人誌『タココクトイス』(Project T.A.C.)

執筆時期:1996年12月

テキスト容量:27216byte

物理的行数:481行

原稿文字数:13472文字

 

【あとがき】

 発作的に書いた作品は恥ずかしいですね(苦笑)。

 この作品が未完なのは、ひとえに定期刊行しようとしていた玩具関係同人誌『タコトクトイス』が1号で頓挫してしまったからです。その後のストーリーも決まっていたのですが、バーチャロンを取り巻く環境も激変し、またパロディ要素も古びてしまった感があって、書こうにも書けません。

『タコトクトイス』第1号には、第1話しか載っていません。そういう意味では、第2話はこの掲載が初出です。まあ第2話も完結していないんだから、発表しようがないんですが……。

 オマケとして、他故壁氏(文京うなぎ名義)が描いた同人用のイラスト(ラフ)を再録しておきます。

▲ユーリー(前)とロバート

▲ユーリーのテムジン

▲暗いふたり(笑)

 

楽光一(たのし・こういち/Project T.A.C.)

2002年09月08日あとがき記す

 

 

楽光一の素人小説工房にもどる


Written by 楽光一/Project T.A.C.

小説作品の無断転載/二次使用を禁止します