アミューズメント・パーティOnLine
5  午後四時

 喫茶セレファイスは、まず通常の歩行をしている人間には見つけられないであろう細い路地の奥にある、E研の知らないAPの集会所である。
 ここのオーナーであるマスターの素性は、誰も知らない。一説によるとマスターはAPの初代部長あると言われているし、またある説によるとマスターは故雪崩山教授の愛弟子であるとも言われている。
 ただ、マスターの正体が誰であれ、この喫茶店の周囲が結界にも似た一種の障壁に囲まれていると言う噂は、あながち否定出来ない類のものであった。
 その〈光の都〉喫茶セレファイスに、APのメンバーが続々と集まって来ていた。
「どうも皆さん、ようこそお集り頂きまして、有り難き所存に御座います」
 名東の何やら怪し気な言葉をもって、APの秘密集会は開会した。飯島を除くAPのメンバー総勢七名がほぼ円形に椅子を並べて座っている。
 割澤を、となりに座る加藤がつっ突いて言った。
「なぁ割澤、飯島がどこら辺にいるか分からんか?」
「加藤さん、千里観はそんなに便利な能力じゃないんですけど」
 そんなもんか、と加藤は思った。割澤は加藤のESPに対する理解のなさに、少々がっかりした。
 超能力は大別すると、「物理法則の呪縛を離れて物体に影響力を与える」サイコキネシス──PK能力と「精神的な力によって五感を超える」エクストラ・センソリー・パーセプション──ESP能力とに分けることが出来る。
 この両者は似て非なるものであり、往々にしてPK能力者はESPについての理解度が低く、「テレパスなら○○の心が読めるだろう」とか「千里観なら○○が見えるだろう」とか、随分無体なことを言ったりすることがある。念動力を持つ加藤もその例に漏れず、ESPの何たるかを理解出来ない一人であった。
「しかし飯島はどうしたんだ? 来るって言っていたのになぁ」
 藻間はタバコをくわえながら言った。そしてさっきから割澤のとなりでしきりに何かを尋ねている加藤の方を向いて何かを要求した。加藤はその仕種に気づくと、左手を藻間の方に差し延べる。軽い摩擦音がして、藻間のタバコに火がついた。
「サンキュ」
 藻間の感謝の言葉に、加藤はどういたしましてと返す。その様子を見ていたマスターは、メンバーに向かって言った。
「加藤ちゃんがいると、うちのマッチが減らなくて助かるよ」
 軽い笑いが店内に響いた。
「お待たせっ!」
 店内の笑い声とほぼ同時に、元気の良い声とともに飯島はその姿を現した。
「あれ? 一緒に来るんじゃなかったのか? 彼女」
「彼女は授業の関係で遅れるから、もう少し後になって俺が迎えに行くことになってる」
 そう言って飯島は、雑誌から顔を上げて質問を発した雪崩山の隣に座った。雪崩山はそれを確認するかのように飯島を見、そして皆に向かって言った。
「それではただ今より、アミューズメント・パーティ今年度新入生獲得検討会を開催いたします。計画責任者、名東君報告を」
 続いて名東は、今年度の新入生についての調査結果を発表した。テレパスである彼の眼鏡に適う超能力者が皆無であること、接触してない残り八十人に期待をかけていること、そしてE研も新入生を獲得していないということなどが報告された。
 皆はその報告にうなずきながら聞き入っていたが、そんな中で一人だけ、微笑みを浮かべている人物がいた。
 飯島洋一その人である。
「雪崩……元部長として言わせてもらうが、今年新入生が入らなかったらウチは来年から活動はおろか存続すら危うくなるんじゃないか?」
 五六の鋭い目が雪崩山を見据えた。雪崩山はその目をまっ正面から見返しながら、飯島の方をちらりと見て、言った。
「勿論それは予想のつくことです……しかし先輩方もお分かりの通り、能力者捜しは至難の技です。去年我々はテレパスなしで捜し回り、それでも名東・割澤の両名を発掘しています。今年はその名コンビである二人がスキャンしてくれているのですから、あまり焦らずにお待ち頂きたいのです。それに──」
「それに?」
 雪崩山は再度飯島の方を見、間を開けてから言った。
「ここにおります希代のスケコマシ、飯島洋一君がこれについて一言述べたいと申しております」
 五六と藻間は首を傾げた。名東と割澤もまた、、飯島のニヤニヤ顔を覗き込んだ。その他のメンバーもまた、飯島に一斉に注目した。
「飯島、言いたけりゃ言え。俺の出番はここまでだ」
 そう言ってどっかと座る雪崩山に代わり、飯島はすっくと立ち上がった。そして勿体ぶるようにひとつ咳払いなどしてから、おもむろに話し始めた。
「えー、私は実は名東君たちとは別ルートで既に一人、エスパーを確保しているのであります。彼女の名前は山崎里美、文学部の一年生であります」
「待て!」
 藻間が飯島の言葉を遮るかのようにがばっと立ち上がった。
「飯島、フーチの話をする気なんだろ? 詳しいことはおやじさんから聞いた。彼女が超能力者だって、本当に信じているのか?」
 事情の分からない他のメンバーがざわめいた。あまり喋ることのない、存在の希薄な四年生である瀬川さえ、「一体何のことだよ、藻間ぁ」と食ってかかっていた。藻間は飯島から視線を外して皆を見、そして自分の知る所を語った。飯島と一緒に白楽天に来ていた少女が店に置いてあったフーチで直径十五センチものパターンを出したこと、そのすぐ後にやった飯島のパターンが「神格」だったこと──店内がどよめくのにそう時間はかからなかった。
「本当ですか、飯島さん」
「何で? 何で神格なんてのが出るんだ?」
「本当にその娘、超能力者なのか?」
 ざわめく中、飯島は笑みを隠し切れないでいた。雪崩山はそんな飯島の大人気ない態度に少しばかり怒りを感じた。本当に彼女は能力者なのか? 飯島よ……。雪崩山の冷静な頭脳は、どうしても里美を能力者として見られないでいた。
「でもさ……フーチパターン見ただけなんだろ? 飯島。その娘が本当にエスパーなのか確かめた訳じゃないんだろ。どうなんだ?」
 加藤のこのもっともな意見は、当然飯島も予想していた。飯島はこれに対する返答を用意して来ていたのだ。
「そう! いい所に気づいたね、加藤ちゃん。残念ながら彼女は未だに自分の能力が何であるか、全く把握していない。能力がありながら、発現していないと見るのが私の考えだ。そこで、今日ここに彼女を連れて来るから、APのみんなで彼女を囲んで彼女の能力を発現させようと私は思っているわけだ」
 飯島の論理はかなり無理のあるものであった。しかし新入生に事欠くAP、万が一の可能性も逃しては部の存続に関わる……メンバーの考えは奇妙に一致した。とにかく呼んでみよう、とにかく試してみよう。例えその娘が超能力者でなくとも、女っ気のないAPに華を添えるのもいいじゃないか──。
 飯島の予想はみごとに的中した。ここにAP史上初めて、超能力の発現していないメンバーの受け入れが決定したのである。
「あ、すみません。瀬川さん、今何時になりますか」
「ん……三時五十二分かな」
 瀬川の眠そうな声を聞き、飯島は皆に言った。
「それじゃ私は彼女を迎えに行って来ますので」
 飯島が席を立つと同時に五六と藻間も立ち上がった。彼らは白楽天に行って政木式フーチを取って来るつもりであった。三人は連れ立ってセレファイスを出た。


「山崎里美さんですか?」
 学生ホールで飯島を待っていた里美は、突然見知らぬ男に話しかけられびくっとした。男は薄手の黒いコートをまとい、その青白い顔に笑みを浮かべていた。あまり気分の良い人物ではない。ホールにいるのだか学生なのだろうが、一見ずいぶん歳を取っているように里美には感じられた。
「私、アミューズメント・パーティの四年生、麻都須と言います。飯島君の使いの者です。さあ、御案内致しましょう。メンバーが皆待ち兼ねています」
「どうして飯島さんは来られないんですか?」
 その里美の声に麻都はさらりと答えた。
「彼はAPの副部長です。君以外の新入生を手に入れる会議を彼抜きでやるわけにはいきません。だから私のように用済みの四年生が代役でお迎えに来たのです」
 里美はさっきの自分の発想に納得した。麻都は見た目より歳を取っているのではなく、自分との年齢の差があって当然の人なのだ。彼が浪人でもしていれば、彼女との年齢差は四年になる。老けていると感じても、それは当然のことなのだ。
「では行きましょう」
 手を引っ張られ、バランスを崩した里美の瞳に麻都の眼が写った。
 突然、里美は意識を失った。

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