鉄拳(プレイステーション版)
ナムコ 定価5,800円
by江戸村沙樹
次世代ゲーム機と呼ばれる二機のマシンが発売されて、はや半年になろうとしている。
片やゲーム業界のサラブレッド、常に攻撃的でマイナーな作品を発表し、ゲームマニアの心を掴んで離さないセガ・エンタープライゼスの「セガサターン」。
片やエンタテインメント界の雄、常に「新しく、そして小さい」をモットーに驀進する周辺業界置いてけぼりメーカー・ソニーの、流通業界をも巻き込む新たなる挑戦「プレイステーション」。
スーパーファミコン発売から5年、確かにコンピュータとしてのトレンドは32ビットに移行し、8ビットや16ビットマシンは旧態化したかに見える。しかし、ことテレビゲームに関して言えば、32ビットCPUの強烈無比なるパワーを必要とするプログラムはごく一部のものだけであり、ゲーム自体の「面白さ」はマシンのビット数とは何ら関係がない。
では、サターンやプレイステーションは必要ないのか?
現状では、やりたいゲームがあるなら買っても良い、といったレヴェルの市場である。マシンそのものは素晴らしい。が、そのマシンを活かしたソフトはまだほとんどない、と言っても過言ではあるまい。
「鉄拳」はそういう意味では、プレイステーションの持てる能力の全てを使い切る、現状ではもっともパワフルなソフトである。
「鉄拳」は、いわゆる格闘ゲームである。カプコンの「ストリートファイターII」より始まった対戦格闘ゲームのムーヴメントから生まれたものであり、意外なことだがテレビゲーム業界の老舗であるナムコの、初めての対戦格闘ゲームである。
そして、「鉄拳」は32ビットのマシンパワーを使わないと表現のできない立体映像――ポリゴン3Dを駆使した格闘ゲームである。
ゲームに詳しい人なら、ここで「なるほど、セガの『バーチャファイター』に対抗すべく作られたわけね」と納得されるであろう。ゲーセンにおける最大のライバル・セガにはすでに2年前からポリゴン3Dの格闘ゲーム「バーチャファイター(以下「バーチャ」と略す)」があり、昨年11月からは更なる改良を加えられた「バーチャファイター2(以下「バーチャ2」)」が稼働中である。
セガ陣営は「バーチャ2」をゲーセンで稼働させ、「バーチャ」をサターンに移植することでアーケードとコンシューマの独占を狙っていた。
「鉄拳」は、というよりナムコはここで意地を見せた。ナムコはもう一つの得意ジャンルであるポリゴン3Dレースゲーム「リッジレーサー(以下「リッジ」)」をまずプレイステーションに移植し、その後プレイステーションと同じ開発環境であると言われるシステム22基盤で「鉄拳」を開発する。
サターン版「バーチャ」とプレイステーション版「リッジ」は移植ものとしては両者とも全く遜色なく、ゲーセンの操作感覚をそのままお茶の間に導入することに成功している。
しかし、次のステップでセガ陣営に思わぬ誤算が出た。セガは次のキラータイトルにポリゴン3Dレースゲーム「デイトナUSA」を用意していたのだが、セガのアーケード基盤はすでにモデル2に移行し、サターンOSバージョン1のスペックを飛び越していたのだ。そのままのクオリティでの移植は誰が見ても不可能だった。事実、この4月に発売されたサターン版「デイトナUSA」は画質・操作感覚・描画速度全てにおいてゲーセン版に劣っており、画質より操作感覚の移植を優先させた「リッジ」のインパクトを超えることはできなかった。
「デイトナUSA」と違い、ナムコの「鉄拳」は最初からプレイステーションに移植すべく設計されている。敢えて言えば、「鉄拳」はプレイステーションのために生まれてきたソフトであり、プレイステーション版が本当の「鉄拳」である。ゲーセン版は「鉄拳お試し版」に過ぎない。
そして事実、3月に発売されたプレイステーション版「鉄拳」は、ゲーセン版を上回るのでは? と思わせるほどの画質と操作感覚と描画速度をもって、我々の眼前にその姿を現した。
もしサターンが「バーチャコップ」や「バーチャ2」といったモデル2基盤からの移植作品で60分の1秒の描画速度を得られず、ポリゴン発生数を現状のOSバージョンより増やせず、CD−ROMの読み込み速度を高速化できなかったとしたら、現時点では、セガ陣営に勝ち目はない。
それほどまでに、「鉄拳」は完全無欠のゲームソフトなのである。
操作方法はしごく簡単。ボタンは四つのみ、それぞれに「右手」「左手」「右足」「左足」が割り当てられ、必殺技もレバーコマンドよりボタンを押す順序で出せるものの方が多い。
さらにプレイステーション版には、ナムコらしさが無数に散りばめられている。
CD−ROM起ち上がりの読み込み時間の間にできるミニゲーム「ギャラガ」。本編のゲームで選択できるキャラクタは8人だが、不自然な同キャラ対決をなくして8人の中ボスを用意し、大ボス・三島平八戦がその後に控える。平八に勝てば、直前に戦った中ボスがメモりカードに読み込まれ、その後プレイキャラとなる。ノー・コンティニューで平八を倒せば、その後平八もプレイキャラとして使用可能、さらに平八でCPU戦を挑めば相手はすべて中ボス、平八での大ボス戦はあの噂の「紫紺の悪魔」デビルカズヤだ!
いままでの格闘ゲームを超えた、「一粒で何度でも美味しい」鯣のようなゲームである。
それより何より、熊と白熊で対戦格闘できるゲームは金輪際現れないだろう(笑)。それだけでも、このゲームを買う価値はある。
594.8メガの容量は伊達じゃない。「闘神伝」なんか屁のようだ。
最後に、ナムコにお願い。「鉄拳2」なんか作るなよ! 陳腐化するだけだぞ。
1995.05.01
■2004.04.21付記
名乗られなかったのでどなたかは全く判らないのですが、小生あてメールにて誤記の指摘がありました。
誤)システム22
正)システム11
誤)基盤
正)基板
ご指摘ありがとうございました。
記事作成当時の文章そのままを掲載することを趣旨としておりますので、誤字脱字を含めて原文はそのままとし、正誤表にて訂正とさせていただきます。
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