みくりや、あきら。
 みくりや、あきら。
 ミクリヤアキラ―――
 その名前だけを繰り返して、亜夜は立ちすくんでいた。“御厨暁”の背中以外の景色が白く見えてくる。そしてその背中も―――
「亜夜?」
 その声を微かに聞きながら、亜夜は目を閉じた。
 倒れ込みそうなところを、“御厨暁”がギリギリで支える。
「ほんと、回りくどいことがお好きですのね」
 物陰から不意に皮肉めいた台詞が投げかけられる。
 男は答えず、亜夜を抱きかかえて去って行った。

「なんやの、あたしが何したゆーの!?」
 四人の女性に手を引かれ、彼女はセミロングの髪を揺らして必死に抵抗の言葉を繰り返していた。怪しげな制服を身に纏った四人を見回しながら自分がしたことを思い返してみるが、悪いことは何一つしていないはずだ。
「こちら関西のチーム・マスカレイド。〈人形使い〉を捕らえることに成功しました」
 リーダーと思しき女性が何やら通信機を取り出して報告をしている。通信機から途切れ途切れに男の低い声が聞こえるが、何を言っているのかは聞き取れない。
「なんやの、人形使いて……」
「名前は橘実優(たちばなみゆう)、ナンバーはI」
「ちょっとねーちゃん方!! 誰か答えや!! あたしが何したゆーの!!」
 リーダー以外の3人は口を閉ざしたままだ。彼女……実優は不安を募らせる。やがて、報告を終えたらしいリーダーらしき女性はぴっ、と通信機を切ると実優を振り返る。細めの眼鏡の奥に、これまた細めで鋭い目付きの冷たそうな女だ。美人は美人だけどこれじゃオトコも寄り付かんわな……実優は密かに思った。
「〈人形使い〉だ。思い当たることがあるはずだ」
「にん……ぎょう」
 あった。他の誰にも話したことのない、不思議な力。
「どうしてあんたらが……し、知ってるなら遠慮はいらんわな! 力を使えばねーちゃん方なんざ……」
「やってみろ」
 ただ逃れたいがために、実優は精神を集中させた。だが、どうしたことだろう。いつも出て来てくれるはずの……彼女達に言わせると〈人形〉は、現れる気配がない。眼鏡の女は涼しげに微笑んでいる。
「なんで……」
「説明は後だ。乗れ」
 見上げればプロペラのついたメタリックな乗り物が太陽の光を受けて輝いていた。
「なっ……ヘリぃ!? どこ行くねんうちら!!」
「説明は後だと言っただろう?」
「嘘やああ!! なんやねん、どーゆーことやねん! 嫌や、離して! ちょっと!!」
 必死の抵抗も空しく、実優が乗せられるとヘリは砂煙を上げて舞い上がった。

 オペレーションSKY・HI。
 日本中、あるいは海外に流れていった行方不明の〈人形使い〉を探すため、シャドウブレイザーズが同時に随所に派遣された。
 これまでは途方もない作業であると思われていた〈人形使い〉探しが、御厨暁によってもたらされた情報、技術によって短い時間で可能になったのだ。ごく狭い範囲から広範囲までDエンジンを持つ者を探し出す技術。一時的にDエンジンを封じる技術―――細部に渡るまで書かれた設計図を見て、サキエ技官は叫びに近い歓喜の声を上げたという。
『こちら北海道、チーム・ティエラ! 〈人形使い〉を発見しました!』
「すぐDエンジンを“封印”しろ。油断するな」
『はっ!』
 通信が切れたのを確認し、六道は椅子に深く腰掛けてふっ、と笑った。
「……楽しみだな」

執筆:かざなぎ蛍

つづく