予定外の出来事
「おーい、ナグ?」
雪崩山の呼び声に、ナグは自室からちょこんと顔を出した。
「なによ。今ちょっと忙しいんだけど」
「いいから来いって。面白いもん見つけたからさ」
いつもより無邪気なその声に、首を傾げながらもナグは大掃除を中断して、頭にかぶっていた手ぬぐいを取りながら雪崩山の自室(とはいっても隣なのだが)に向かった。開け放たれた扉からは鼻歌が聞こえてくる。しばしそのちょっと外れた音とリズムを聴いて、ナグははたと思い至った。
(ああ、そうか今日は……)
かといって呼ばれた理由も判らないのでとりあえずと扉を覗き込み、一瞬言葉をなくす。キラキラと輝くものが視界にいっぱいに広がっていた。
数度目をぱちくりさせて、それが窓の外にある大きな木──ナグの部屋からは柱で死角になって見えない木──に綺麗な装飾が施されていたというのに気づいた。
「ちょっと、なにこれ?」
思わずうわずった声に、最後の仕上げとばかりに能力で一番上に星を飾り付けていた雪崩山がくるりと振り返りながら言う。
「見ての通りクリスマスツリー。まあ、もみの木じゃねえけどな。たまにはそれっぽい事でもやるか、と母さんに許可もらって飾り付けてみた」
驚いただろ? と笑った顔の方が眩しくて見ていられなくて、微妙に視線を外しながらナグは窓際に近寄って改めて5mは超えているであろう杉の木を眺めた。
金や銀のモールがふわりと木々を囲っていて。あちらこちらにオーナメントが飾られていて。どこからどう見てもクリスマスツリーだった。
「綺麗ね……」
思わず本音を漏らしてしまう。
「だろ?」
存外近くから雪崩山の声が聞こえてきて、心は身構えるもののなんもない風を装って上から下まで改めて木を眺めた。
「こういうの近くで初めて見たかも。だってクリスマスをお祝いするなんて、戦後の風習じゃない、日本では。宗教の自由が認められてからよ。それまではおおっぴらにした事なんかないし、戦後は忙しかったし、それに……」
と色々と言い訳めいた事を言いながら上から下までじっくり眺めていたナグの眉が、軽くひそめられる。木の根元にあるもの、それは。
「ちょっと、あの木の根元にあるのはなに?」
声音にイヤミをまぶしたつもりだったのだけれど、雪崩山は動じなかった。罪悪感何一つない爽やかな声音が降ってくる。
「や、飾り付けに夢中になってたらつい片付け忘れちまってさ」
「信じられないわ。出しながら片付ければ楽だし時間も最小限だって言うのに。明日ゴミの日だし私ちょっと行ってくるから」
ナグはそう言いおいて、急いで雪崩山の脇をすり抜けて階段を下りていった。
──あんな空間に二人きりでいるとか、耐えられるわけないじゃない。
まだばくばくと動悸の激しい心臓のために深呼吸をしながら。
(ちょっと、これ上から見たときよりひどいんだけど。あの人こんなに片付けられない人だったかしら?)
杉の木の下に着いて事態を把握した途端思わず盛大にため息をこぼしてしまうほど、木の根元にはゴミが散乱していた。
持ってきた袋にざかざかと勢い良く包装紙やら梱包材やらを詰め込んでいく。見た目以上の量があったらしく、ほぼ片付け終わった時には既に、指の先は冷たくなって凍えていた。はぁっと息を吹きかけて指を暖め、一番根元近くにあったゴミを取り除いた、その時。
「なに、これ……」
思わず目をぱちくりとさせながらしげしげとそれを眺めてしまう。ゴミに隠されるようにして置いてあったのは、綺麗にラッピングされて可愛らしいピンクのリボンかがかった小箱だった。
数秒間遠くから眺め、しばらく経ってから一番近くまで行ってしゃがんで凝視し。それからそうっと手を伸ばして触れてみる。自分にいわゆる感応能力なるものはないけれど、それでもこれが彼が準備してくれたプレゼントだってのはいやでも判った。
だって。
ちらりと上を見て、雪崩山の部屋の窓に視線を向ける。同時にひょいと人影が動いて部屋の中に引っ込んだから。ナグがこれを手に取るのをずっと見ていたのは想像に難くない。
どうしたら良いか判らなくなって、思わず箱をぎゅっと胸に抱え込む。
(嬉しい……! でも……)
ちらりと脳裏をかすめた彼女の影が、心にちくりと針をさす。
(でも、今日くらい喜んでもいいわよね……)
たとえこれが家族に対するプレゼントだとしても、もしかしたらくれたかもしれない想いの返事だとしても。
今日くらいは素直に受け取っておこう、と心にきめて、窓に向かって大きな声を張り上げる。
「ありがとう!」
「……おう」
ややあって返ってきた返事が思った以上に照れを含んでいて、思わず知らず笑みがこぼれるのが止まらない、ナグであった。