Cry for the moon.
あたし、このままでいいんだろうか……。
手探りしないと見えない闇の中、あたしは毛布にくるまりながら、一人、かすかなため息をついた。素肌にあたるシーツの感触がすこしくすぐったくて、もぞもぞ身体を動かしてみる。
身体は心地よい疲れに満たされているけれど、心の中に抱え込んでいる大きなもやもやが気になって眠れそうもなく、あたしは傍らにあったシャツをたぐり寄せて羽織り、起き上がった。
カーテンの隙間から見える月明かりが気になって、そっと開けて空を見上げる。空には、霞みがかった月がのぞいていた。
確か、次の日お天気が悪いとこういう風になるという話を聞いた覚えがある。でも、あたしには月がなんだか泣いているように見えて仕方なかった。
どうして月は泣いているんだろう……。ぼうっと、月を見上げてみる。
確か、姉さまの涙を見たのもこんな月夜じゃなかったかなぁ。自分がどうしたらいいのか分からない、そういって藻間さんに泣きじゃくりながらすがりついていた姉さま。
月は、姉さまを見て泣いたのかもしれない。姉さまの悲しみを吸い取って、泣いたのかもしれない。
──けど、月はきっと姉さまだから悲しみを吸い取ってくれたのだろう。あたしみたいな存在になど、きっと月は見向きもしない。こんな罪深い、人間でさえないあたしになど。
月から視線を部屋に戻し、寝ていたセミダブルのベッドの傍らに目をやる。そこにかすかな寝息を立てて眠っている人。相手を見て、また軽くため息をつく。
あたしは自分がこんな感情を抱くなんて、思ってもみなかった。確かにあたしは昔、一人の人に恋したことはある。けれどもそれは淡く儚いシャボン玉のような恋だった。綺麗でふわふわだったけれど、不意にぱちんと途切れてしまった恋。
儚すぎてそれが恋なのかどうか分からないまま終わってしまったといっても過言じゃなくて。だからこそ、今自分自身の感情に、あたしが一番混乱している。
──この人と、離れたくない。この人の傍に、ずっといたい。独占欲という名前の、激しい想いがあたしの心に確かに存在している。
でも。この人には、彼女がいる。固い絆で結ばれた大事な人がいる。その人を大事にしていることを知っていた。
でも、自分の中で日ごとに膨れ上がっていく想いを押さえきることはできなかった。だから、自分から彼を誘った。一度でもいいから一番近くに来てほしくて。
同情心からなのか、彼の中にかすかにあるかもしれない恋心からなのか、それ以来、彼女に内緒で彼はあたしとも付き合ってくれている。
でも、それはあたしの心にとてつもない罪悪感を生み出した。あたしは、彼の事も彼女の事も知っている。彼だけじゃなく、彼の周りの人間も知っている。皆いい人で、だからこそ、本当はこんな関係じゃいけないんだと自分自身にいい聞かせようとする。
でも、もう離れられない、離れたくない……。
そこまで考えた時、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。それは羽織ったシャツの上で、小さなシミを作った。
自分が情けないからなのか、離れてしまった時の事を考えて出てしまったものなのか。それはあたしにも分からなかったけど、すごく寂しくなって慌てて布団の中に潜り込み、ぎゅっと、彼の腕にすがりついた。
それでも、涙はぽろぽろと、あとからあとから流れてくる。
どうしよう、涙が止まらない……。
その時、頭をぐいっと引き寄せられ、あたしは彼の胸の中にいた。今ので起こしてしまったらしい。
「ご、ごめん……起きちゃった?」
「ん……それよりどした? 何泣いてるんだ」
……そんなこと、言えるわけない。言ったら「それは違う」って否定してくれると思うけど、この罪をかぶるのはあたし一人で充分。
だからあたしは何も言わず、ただ、首を左右に振った。
この人にすがっちゃいけない、頼っちゃいけない。解っていはいるけれど、あたしの中に存在している独占欲がこの人から離れることを拒んだ。たぐり寄せられた素肌の胸に、顔を埋め、泣きじゃくった。
ねえ、お月さま。
あなたは今、誰のために泣いているの?
いつか、あたしのためにも泣いてくれますか?
この愚かなあたしをみて、同情の涙を流してくれますか──?
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