葛藤
──信じられない。
それが、色々な人から私のいない五年間の出来事を聞いた時の率直な感想だった。
そもそも、ふと気がついたら五年も経っていたという事実さえ、私の中では消化しきれていないというのに。
けれども嫌が応にも色々なものが時が経ったという事実を私に突きつけてくる。同い年だったはずなのに五歳年上になっていた静流や、あの頃と全く違った作りの今のベース。知らない人間がほとんどなベース勤務の人、そして、あのときは影も形もなかった──一人の人間の存在。
目の前にその子が立ちはだかっているような、そんな錯覚を覚えたのは確かだ。本人はベースを飛び出してしまって、今はいないのに。
けれども彼女の存在、それ自体が私の前に立ちふさがっていた。
ゴオと私が出会ったのは、ハンターロボット協会で行われていた各ベース合同訓練会場である、アメリカだった。
三ヶ月の共同生活の中で、私たちはお互いを認め合い、そして恋に落ちた。離ればなれになるのが嫌で、自ら志願して日本に、ゴオのそばに行った。
ゴオの為なら何だって出来る、何も怖くない。そう思っていた。
だからこそあの擬態獣が日本に現れてもうどうしようもないと悟った時、私は命をかけてでもゴオを、ゴオの住んでいたこの国を守ろうとしたのだ。
──ゴオの幸せを、願っていた。私がいなくなっても、彼を幸せにしてくれる人が現れる事を。
けれども。それは私がこの世からいなくなる、という想定のものであって。
この世界に帰ってきて一番愛する人のそばに駆け寄りたいというのに、その人にはもう他に永久の愛を誓った人がいて。
あのとき願った通りのはずなのに、正直、どうしたらいいのか本当に判らなくなっていた。
その気持ちは、日に日に大きくなっていった。心の中で日増しに大きくなる彼女へのいらだち。彼女がネオオクサーに乗っていたという事実も、ぴりぴりした気持ちをを肥大させるには充分だった。
私が記憶を取り戻してから一週間経った今も、彼女はまだベースには戻ってきていない。心配して落ち着かないゴオを見る度に、心が傷む。
どうしたらいいのだろう、私は、彼に何をしてあげられるのだろう。もう、彼女としては何も出来ないのに。与えられた自室で唇をかむ。嫌な感情が心を波立たせる。
その時に入ってきた、擬態獣の群れ上陸の情報。聞いた瞬間、ひらめいた。
──そうだ、私が出来る事は、今このピンチの時にゴオとともに戦う事。ゴーダンナーのみでは数がある擬態獣の群れなんか倒し切れない。合体は必要だけど、あの子はいない。だったら私が!
気づいたら走って司令室に駆け込み、叫んでいた。
「私も、行かせてください!」
無理だという指令と博士を説き伏せ、私は出動した。
久しぶりのコクピット、久々の戦い、ゴーダンナーとの合体。それらに懐かしさを憶えるとともに沸き上がる、黒い感情。振り切るかのように私は動いた。
お台場に現れた二体の擬態獣をゴオとともに鮮やかに倒した後、私は心の中で彼女に向かって挑戦的に言い放っていた。
──あなたにこうやって世界を、ゴオを守る事は出来るの? と──。
あれから三ヶ月。彼女は、まだベースには戻ってきていない。私が、代わりにゴオのそばで戦っていた。
それは私の心にささやかな安堵感をもたらせるとともに、むなしさを憶えるものでもあった。
戦うパートナーとしては私はゴオのそばに戻って来る事は出来たけれども、人生のパートナーとしては戻る事は許されていないのだと。
ある日、改めてそれを実感させる出来事があった。
戦闘後にうっとおしそうに髪の毛を触っているゴオを見て、尋ねてみたのだ。
「どうしたのゴオ、髪の毛、切ればいいのに」
そうしたら彼は照れくさそうに、そして少し淋しそうに呟いた。
「いや、うっとおしいのはうっとおしいんだが、いつも杏奈が切ってくれるから」
心にその言葉が刺さった。二人の信頼の深さを、思い知らされた。もう戻ってこないんじゃないかと噂されている彼女の事を、必ず帰ってくると信じて疑っていない、ゴオ。その彼女への想いも胸が傷む原因の一つだった。
その晩はなかなか寝付く事が出来なかった。ならばいっその事散歩でもしようと、起き上がった。
先月たまたま夜の散歩に出かけた時、崖の上からぼーっと海と空を眺めているゴオに出くわした事がある。どうしたのかと尋ねると、彼女の事が心配でなかなか眠れないという事を聞かされた。
……きっと、今日もいるはず。
そう思って私は前回彼と会った辺りへと足を伸ばした。
彼は、いた。崖の上からぼーっと頭上を眺めていた。けれどもきっと、綺麗な月も、ほんのり輝く星も彼の瞳には映されてないのだろう。彼女の事だけを考えているのだから。
「眠れないのね、今夜も」
その大きな後ろ姿に声をかけた。振り返る、ゴオ。
「……ああ」
力なげに頷きながら、ゴオはそのまま地面に腰を下ろした。私も、横に座る。
「また、あの子の事を考えているの?」
尋ねた私に、ゴオはぽそっと呟いた。
「すまない」
「どうして、謝るの?」
……謝ってなんかほしくない。謝られたらますます惨めになるだけじゃない。そう心の中は悲鳴を上げているのに、表に出す事はためらわれた。
そのまま、また遠くを見始めたゴオの横顔を、私はそっと見つめた。ふいてきた風に乱れた髪をそっと元に戻してもう一度地面に手をついた時、ゴオの指先に、ほんの少しだけ触れてしまった。
どきっとして手を引き戻した時、改めて自覚する。私はこの人をずっと愛しているのだと。
そしてもう一つの感情も、理解する。これは彼女に対する嫉妬だ。当たり前のように今彼の心の中を占めている存在、それが許せない。
止まらない感情に心をかき乱されながら、私は月を見上げた。
このままあの子が帰ってこなければいいのに──そんな事を思いながら。
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