可憐なモモチーの華麗な一日。(1)
──とてもステキな、夢だったと思う。
でも、起きた途端夢の欠片はひらりと現実との狭間に滑り込んでしまった。……つまらないの。すごく面白い夢だったはずなのに。
寝ぼけた頭で枕元の時計を手探りで掴み、薄目で時間を確認する。
「ひゃあっ、もうこんな時間っ」
時計の針を見て視界は一気にクリア。がばっと布団から身体を離し、いそいそとクローゼットの中から制服を取り出し着替える。途中、胸元のホックが全く関係ない所に引っかかってわたわたしてしまい、結局ベース内を思い切りダッシュで走って、ギリギリセーフで指令セクションの中に滑り込んだ。
影丸チーフはまだ来ていなくて、早番のコナミちゃんだけが黙々と目の前にパネルを展開させているのが見て取れる。
「コナミちゃーん、おはよう」
「あ、おはようモモチー」
こちらに視線を動かすことなくコナミちゃんが答えた。忙しいのかな、と思って急いで自分のいつもの位置に陣取り、仕事ができるようにスタンバイ。
「何かあったの?」
尋ねると、頼りなさげな声が返ってきた。
「あのね、ポイント二〇一五にさっきから擬態獣らしい反応がついたり消えたりしてるんだけど……反応弱いし、どうしたらいいのか判断出来なくて……」
コナミちゃんも苦しんでる、というのが声にはっきりと現れていた。ついたり消えたりじゃ、確かに私でもどうしたらいいのかは判らない。影丸チーフがいればどうにか解決してくれると思うんだけど、などと考え始めた途端セクションの扉が開き、当のチーフがいつものようにあくびをかみ殺しながら入ってきた。
「あ、チーフ。困ったことがあるんですけれど」
待ってましたとばかりにコナミちゃんが状況を説明する。チーフもよく判らない状況に困った顔をしていたけれど、しばらく悩んだあとやがてキッパリと言った。
「一応、ダンナーをそのポイントに送るか」
「え、猿渡さんをですか?」
思わず、抗議の声をあげてしまう。その言葉に振り向いた二人に、私はとうとうと理由を説明した。
「この時間じゃ、きっと猿渡さん使い物になりませんよ。今頃杏奈ちゃんが丹誠込めて作った朝食食べて、でれでれしてるに決まってますもん。ぜったい静流さんの方がいいですって」
「で、でれでれって……相変わらずモモチー、キツいコメントよね」
「だって本当だもの」
確か1週間くらい前、所用があってこのくらいの時間に猿渡さんの部屋に届け物をした時、忍くんやルウちゃんが横で黙々とごはんを食べているにもかかわらず、猿渡さんたら杏奈ちゃんにごはん食べさせてもらったりしてたんだもの。
杏奈ちゃんはまあいいとして、猿渡さんにはそういったラブラブ風景が全くそぐわないと思うの。こうもっと、男むさい六畳一間とかにしんみりと座って、黙って納豆ごはん(ネギなし)にインスタントみそ汁なんかを食べているのが似合うと思うの。うん。
などと、点滅する光を目の端にとらえつつ『猿渡さん、六畳一間で納豆ごはんをしんみりと食す』プランを頭の中で練っているうちに、チーフは結局猿渡さんと杏奈ちゃんを呼んだらしい。数分後、二人が指令セクションの中に飛び込んで来た。やっぱりと言うか当然と言うか朝食の最中だったらしく、杏奈ちゃんは制服にエプロン姿、猿渡さんは普段着のままなんだけど、よく見ると左のほっぺにご飯粒つけてる。更にフォークまで握りしめたまま。うわっ、こども。
二人に続くように、今度は博士がいつものように白衣をなびかせ颯爽と入って来た。通信機でチーフからあらかじめどんな状態かを聞いていたらしく、猿渡さんたちに簡潔に状況を説明する。
「やっぱり、一応確認の為に行った方がいいですかね」
そう博士に返答した猿渡さんの声には、覇気がなかった。猿渡さんてば、行きたくないのかしら。……そりゃそうか。ただでさえ少ない二人の愛の時間を削られているんだもの。所詮愛に生きる人間ってやつ? やっぱりここは静流さんを呼び出した方が良かったと思うんだけどな。
「そりゃそうだ。擬態獣から日本を守るためにお前たちはいるんだろう。だったら確認にいくのが当然だろう」
博士の言葉はもっとも。そうそう、愛に生きてるだけじゃダメって事よね。
「了解! ほらゴオちん、行くよっ」
結局先に動いたのは杏奈ちゃんだった。片手で猿渡さんを引っ張りつつ、もう片方の手で器用にエプロンを外しながら格納庫へと走っていった。ずるずると引きずられて行く猿渡さんの姿を見て、セクション内の全員が嘆息したのは、言うまでもなかった。
「──ダンナー、オクサー、出撃!」
<ゴー!>
<ゴー!>
チーフの出撃命令で二人が揃って出撃したあと、パネルの切り替え作業を行いながら、コナミちゃんがぼそっと呟いた。
「男って、所詮ああいうもんなのかなぁ」
「いや、ゴオが特別ああなんだと思うぞ。一緒にされても困る」
耳敏くチーフがそれを聞きつけコナミちゃんに返事。というよりも、自分を庇うかのような発言をした。
チーフの場合は、ラブラブしないんじゃなくて、ラブラブ出来ないだけだと思うけど。なんと言うかチーフって、押しがいまいちなのよね。いい雰囲気に持って行けないと言うか。せまる相手が子持ちの年上の女性、そのうえ上司って所にも問題は多少なりともあるとは思うんだけど、押し切れない原因ってのは、チーフの情けなさにあるわよ、うん。
身近な男二人が、どう考えても女に振り回されてると言う図式を見ていると、この世界の未来の危うさを実感するわ、ホント。
「ただでさえ男の人口が減っていい結婚相手探すのに苦労する時代だって言うのに、間近な男たちがああだと、なんかこのまま独身で一生を終えてもいいかなって、近頃真面目に考えるようになっちゃった」
「ダメだよコナミちゃん、ベースの男の人たちが全てだなんて思ったら。ここの人たちって、何か一本ネジが抜けてる感じがするじゃない。それを基準にしたら、世の中の男の人たちが可哀想だと思う。外でいい人を探しに行かなきゃ」
「いやほら、あたしたちってベース内に自室があって、ほぼ毎日交代でここ勤務でしょ。新しい出会いなんて、まったく期待できっこないよ。休日少ないしー」
「本当に。このままじゃあっという間におばあさんよね」
手の方は続々と送られて来るデータを素早く処理しつつ、口はコナミちゃんと自分たちの将来の不安を延々語っていると。
<カ、カエルの卵……?>
怯えた、というよりも気味悪いものを見たと言った感じの杏奈ちゃんの声がセクション内に響いた。慌ててモニタをポイントそばの定点カメラに切り替える。ズームを最大にして、ダンナーたちの傍へ。大きく広がっているスクリーンの右端、小さく規則的に揺れている物体、それは。
彼女の呟きが、全てを物語っていた。黒くて丸い物体が、帯状のゼリーの中で一定の間隔でブルブルと蠢いていたんだもの。ものすごく大きくなった、カエルの卵以外に見えなかった。
「生体反応が先ほどより少しづつ強まってきています。ちょうど、あの物体が動く時に生体反応があります」
そう、その物体が蠢くたび、私の前に展開させているパネルでは紅い光が明滅している。ぬめぬめとした周りを覆っているゼリーを破こうと動いているように見えた。
「多分、生まれようとして蠢く時に生体反応が出るんだ。今のうちに潰してしまえば、きっと大丈夫だ」
その言葉に皆が安堵した瞬間、コナミちゃんが叫んだ。
「博士! 擬態獣の反応が強まりました! ふ化しようとしているみたいです」
「急いで攻撃を!」
チーフの言葉に、スピーカーから猿渡さんと杏奈ちゃんの力強い声。
<よし、合体だ!>
<了解、ゴオちん!>
……また杏奈ちゃん、皆が聞いてるのにゴオちんって呼んでる。……でも、猿渡さん本人は気づいてないみたいだからいいんだけどね。
私とコナミちゃんが黙々と情報を取り込んでいる間に、猿渡さんたちは「ハートブレイカー」から「ソウルブレイカー」への連続コンボを華麗に決めていた。
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