サプライズ。

1

 うららかな、朝。日の光が柔らかく辺りを照らしている。
 その光にくるまれつつ、杏奈は珍しく惰眠をむさぼっていた。いつもなら家事と学校の朝練があるため日が昇ると同じくらいに起きるのが常だが、今日は休日。せめてゴオと同じ時間に起きるくらいは許されるだろうと(実際許可は取って)、珍しく目覚ましをかけずに寝ていたのである。
 しかし悲しいかな、人間、慣れてしまうとどれだけ長く寝ようと思っても寝ている事ができない。大体二時間増しが限度、といった所だろうか。杏奈もご多分に漏れず、いつもの起床時間より少し遅いだけの、七時過ぎに目を覚ました。
 薄目で時間を確認し、思ったより早い時間に起きてしまった自分の身体を恨めしいと思いつつ、もう一回寝よう、と寝返りを打ったときだった。その事実に気づいたのは。
「……あれ、ゴオちん?」
 隣で寝ているはずのゴオの気配が、ない。トイレにでも行ったのだろうか、と思って彼が寝ていたであろう辺りをぽふぽふと触ってみたのだが、布団は冷たい。どうやらけっこう前に起き出している事が判った。
(おかしいな、ゴオちんは誰かが起こさない限り起き出さないのに……)
 少し不安になり、あわてて起き上がりリビングに向かおうとしたが、自分がパジャマだという事に気づいて顔だけを出す。するとそこには忍が一人で、のんきにお茶をすすっているのが見て取れた。肝心のゴオの姿は見当たらない。
「あ、杏奈ちゃん、おはよう」
 杏奈が顔を出している事に気づいて、忍はお茶をすすったままで挨拶してきた。
「おはよう忍っち。ねえ、ゴオちん知らない?」
 首だけ出しつつ、身体はドアの影で手早く着替えをすませる。ものの十数秒で着替えを終わらせ、早業で忍の前へ。入れてもらったお茶をすすりながら、彼の返答を待つ。
「兄さんなら、珍しく早く起きちゃったからって、朝からトレーニングして来るっていってたよ」
 あっという間に空になってしまった杏奈の湯のみにお代わりのお茶をつぎながら、忍は兄の所在先を告げた。その視線がいつもなら杏奈の方に向けられているはずなのだが、今日はじっと急須から流れ出るお茶に向けられたままだった。視線を合わさない事にこの時杏奈が気づいたとしたらば、忍の言動の不審さに気づいたかもしれなかったが、あいにく彼女はゴオが早起きしたと言う珍しい出来事のおかげで、忍にまで注意が及ばなかった。
「ふーん、珍しいのね。じゃあわたしもゴオちんの所に行ってこようっと」
 2杯目のお茶もあっという間に飲んでしまった杏奈は立ち上がり、玄関の方へと歩き出した。
「行ってらっしゃーい。今日は休日だから朝ご飯も食堂で食べちゃうからね。杏奈ちゃんは一日家事しなくていいから」
 そんな忍の声に送られながら、杏奈はトレーニングルームへと歩き出した。
(まったくもう、ゴオちんが朝からトレーニングなんて事やってたら、明日辺りきっと大雨が降りそうだわ)
 ゴオが聞いたら怒りそうな事を思いながら。
 ──しばらくして、杏奈の気配が全くなくなった事を確認すると、忍はおもむろに内線でとある所に電話をかけた。出た相手に手短に用件を伝える。
「杏奈ちゃん、今部屋を出ました。そちらをお願い致します。こっちはこっちで進めておきますから」
 そして続けざまにもう一件。
「オッケー。もう出ていったから大丈夫」
 そして電話を切ったあと、自分が座っていた座布団の下からエプロンと三角巾を出し、装着。
「よし、頑張るぞー!」
 声も高らかに叫んだ。
 

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