サプライズ。
2
自室での忍の怪しい行動をつゆ知らず、杏奈がやって来たのはトレーニングルームだった。朝からトレーニングと言えばここくらいしか思いつかない。ここでじっくりとバーベルを上げるのをゴオは日課としていたから。
しかし、予想に反してゴオはそこにはいなかった。念の為、広いトレーニングルームを隅から隅まで見て回ったのだが、ゴオどころか人っ子一人認められなかった。
(おかしいな、入れ違いになっちゃったのかな。部屋に戻って待ってた方がいいのかな……)
そう考え、自室に戻ろうと考えた時だった。入り口の方にちらりと人影を認めたので、ゴオかと思い喜んで駆け寄ってみる。しかしそこに立っていたのはレオタードの上にジャージの上着を羽織り、大量に何かを抱えている静流だった。静流も杏奈を見つけると不思議そうな顔をする。
「あら杏奈ちゃん、今日はトレーニングはお休みでしょ? どうしてここにいるの?」
その言葉にテヘヘと照れたような笑みを浮かべる杏奈。
「ゴオちんが部屋にいなくて、そしたらここにいると忍っちに教わったから、覗きに来たんです。でもいなくって」
「私も見かけてはいないわね。こんな時間だから、朝食でも食べに行ったんじゃないかしら」
静流の言葉に合点がいった。きっとゴオはある程度運動したあと、お腹がすいて食堂に行ったに違いない。そもそも、普段なら朝起きたらいの一番にする事はご飯なのだから。それなのに運動を先にするとは、ゴオちんったら何があったのかなぁ。
「あ、ありがとうございます。じゃあ早速、食堂の方に……」
「あのね、杏奈ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」
お礼を行って去ろうとした杏奈を、静流が遮った。「なんですか?」と杏奈が振り向くと、静流は自分の腕を軽く動かし、持っているものをアピールしながら懇願してきた。
「これ、ちょっと片付けなきゃならないんだけど、手伝ってくれない?」
言われて初めて気づく。静流が腕に抱えていたものは、十五本ほどの鉄アレイだった。合計したらゆうに四十キログラムはありそうだ。
少し迷った。本当はさっさとゴオを探しに行きたかったから。しかし上司である静流の頼みを断る事もできないし、それにあのたくさんの鉄アレイを落としたりしたら足にぶつかって危ない、そう結論づけ、杏奈は了承した。
「判りました。半分持ちますね」
「助かるわ。ありがとう」
静流の腕から半分ほど鉄アレイを渡してもらい、トレーニングルームの隅の小部屋へと運んで行く。
そこにはたくさんの道具が所狭しと積まれてあった。杏奈は先に部屋に入り、鉄アレイを指示されたカゴの中へ。それから後ろを振り向いて、静流から残りの鉄アレイをもらおうと手を伸ばしたときだった。
「キャッ」
静流の身体が急に傾いだ。とっさに地面にぶつからないようにと抱きとめる。どうにか彼女の身体を抱きとめる事には成功した。が、しかし。
一瞬後、小部屋は惨劇の場と化した。静流が転んだ時に鉄アレイを持っていた腕を放してしまった為、あちこちに鉄アレイがふっ飛び、積まれてあった道具にぶつかりそれらをなぎ倒し、床じゅうにスポーツ用品が散らばってしまったのだ。二人にものがぶつからなかったのが、不幸中の幸いと言った所か。
「大丈夫ですか静流さん。お怪我とかはありません?」
「ええ、少し擦りむいてしまったくらいで、捻ったりとかはしてないみたいだわ」
二人してようよう立ち上がり、部屋の惨劇を見てため息を漏らし、そのまま無言で片付けに入った。
──そして、全てが終わったのは一時間後の事であった。意外に重いものが転がっていたりしたため、思った以上に手間がかかってしまったせいだった。現在の時刻を聞いた杏奈は、少し顔色を曇らせた。
(もう、ゴオちんご飯食べ終わっちゃったかな……? もし間に合うようだったら一緒に食べようと思っていたのに……)
顔色だけで杏奈が何を考えているのかを理解したのだろう、静流が優しく声をかけてきた。
「ごめんなさいね、私のせいで」
「大丈夫です、静流さんの責任じゃありませんから。気にしないで下さい。……で、あの、もう行ってもいいですか?」
「ええ、行ってらっしゃいな」
「ありがとうございます。では、失礼しますっ」
ぺこりとお辞儀をし、過ぎてしまった時間に追いつこうとするかのように杏奈は嵐の如く猛ダッシュでその場を去った。静流はそれを確認すると、胸元に隠しておいた通信機を取り出し小声で連絡を取る。
「今そっちに向かったわ。上手く引き延ばせたから、あなたはあまり無理して引き止めなくても大丈夫だから」
通信を終えると、静流はさっき擦りむいた腕をさすりながら入り口に向かった。
「全く、面白い事を考えるわよね。さて、私も主犯の元に向かいますか。……でも、転んだのはやり過ぎだったかしらね。私って相当の演技派女優になれるかしら」
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