サプライズ。

4

 お腹にまださっき食べたものが残っていたが全く気にする事なく走り、杏奈は指令セクションへと駆け込んだ。そろそろ何の為にゴオを追いかけているのかが自分自身もさっぱり判らなくなってきていたが、ここまで見つける事ができないと、逆に一目でも見かける事が出来たら勝利、と言った、意地のようなものが芽生えていた。
 で、案の定、指令セクションにはゴオの姿は見当たらなかった。影丸とモモチーがなんやかんやと額を付き合わせてこそこそと会話を繰り広げている。たまに「ぷっ」だの「くすくす」だの笑い声が混じる。
 楽しそうな二人の間に割り込むのには抵抗があったが、ここでゴオの行く先を聞かなければ手がかりが途絶えてしまうので、そおっと近づき、ひょいと二人の間に割って入る。
「うわっ! どどどどうしたの杏奈ちゃん」
「うおっ! なんだ杏奈。どうした?」
 影丸もモモチーも二人とも大仰に驚き、あわてて手に持ったものを隠す。あまりの慌てぶりに何か面白そうなものを持っている踏んだ杏奈は、脅して見せてもらうべきか猫なで声ですり寄って見せてもらうべきかを頭の中で天秤にかけてみる。
 ──ここで脅してみたとしても、このベースの中で一番の若輩者であるわたしが二人にかなうとは到底思えない。逆に弱い立場を利用した方がいいかも。
 ということで猫なで声で二人にすり寄ってみることにした。
「何隠したんですか。わたしも見たいなぁ。何がそんなに面白かったんですか?」
 うるうると瞳を潤ませながらの懇願に顔を見合わせ、しばし見つめあう影丸とモモチー。かと思うと高速移動でザッと杏奈の側から離れ、こそこそと緊急会議を開き出した。ここで割り入ってもきっと良い結果は得られないだろうと、遠目からずっと二人を観察する。二人はたまにこちらをちろちろと見ながらどうするべきかを話し合っていた様子だったが、数分後、ようやく二人はこちらに戻ってきた。
「わーい、見せてもらえるんですか?」
 嬉しくてニコニコしている杏奈とは反対に、影丸とモモチーは少し不安そうな顔をしていた。二人はまた顔を見合わせ「まあ、なぁ」「杏奈ちゃんが見たいっていうならしょうがないですよね」などと不安を感じさせる言葉を発している。ちょっと戸惑ったが、ここまで来たら後には引けない。
「いいですよぉ。もう面白ければ何でも。持ってるの全部見せて下さいね」
 言って、杏奈はハイッと両手を二人の前に差し出した。最初に影丸が、次にモモチーが、次々と手に隠し持っていたはがきサイズのものを手に乗せる。裏面が白かったので理解しづらかったが、手のひらに触っている面が異常につるつるしている……写真?
 勢い良くバッとひっくり返し、視界に入った一番上の写真にしばし呆然。なぜなら。
「うわ、この写真どこから流出してるの……? ありえないわっ! これ、ゴオちんに悪いよぉ」
 そこに写っていたのはゴオが変な顔で写っている写真だったのだ。というか、さっき影丸とモモチー二人からもらった写真全てが、ゴオの変な写真。中には若かりし頃のおふざけ写真まで。最悪なのはどうやら数年前の忘年会の出し物としてのカッコなのだろうが、母──要は葵霧子博士──の服を着ている時の写真。なまじ伸縮系のワンピースだったが為に隆々とした筋肉がばっちりと浮き出ていて、身長差で思い切りマイクロミニになったスカートから伸びた足は男らしさ満載のごつごつしさ。長年ゴオを見慣れている杏奈でさえ、思わず顔を背けたくなるような姿。しかも身体をくねらせウィンクをしているという恐るべき一枚であったのだ。
「……だ、大丈夫杏奈ちゃん。ダンナ様の実態を知って驚きすぎちゃったの? 怒りを溜めるのは身体に良くないわよ。吐き出した方が楽よ」
 写真をぎゅっと折らんばかりに握りしめ、ふるふると肩を震わせている所に、モモチーがおそるおそる声をかけてきた。瞬間、張りつめていた糸がプチンと切れる。
「きゃはははっ! やだ何これ、ゴオちんおっかしーっ! 変過ぎーっ」
 ゴオには悪いと思いつつ、お腹を抱えてセクション内を転げ回りながら杏奈は大爆笑した。
 実は、この時ゴオが着た服の行方を杏奈は知っていた。まだその頃杏奈は母と一緒にベース傍のマンションで暮らしていた。仕事が忙しく滅多に帰ってこない母がその日、珍しく不機嫌な顔をして帰ってきて、持って帰ってきた紙袋をゴミ箱に無造作に捨ててしまったのだ。気になった杏奈が次の日覗いてみると、そこには無惨に破れかけた母の服が放り込まれていた──ということがあったのが記憶の片隅にある。きっとあの服をゴオが着たがために、びろんびろんと伸びてしまったり、裾を破いてしまったのだろうというのは想像に難くない。
 そんなオチまでもがおかしくて笑いが止まらない。
 杏奈につられて影丸もモモチーも今まで我慢していた笑いをこらえるかのように笑い出し、しばらくセクション内はまさしく笑いの渦に包まれた。落ち着いたのは5分ほど経った頃だった。
 笑い過ぎで酸素不足になった身体を深呼吸によって回復させ、ようやく杏奈はここに来た本来の目的を果たした。
「チーフ、ところでゴオちんどこに行ったか知ってますか? さっき光司さんがここに行く、みたいなことを聞いたって言うんですけど」
「うむ、ここに来たあと、格納庫の方へいくとかなんとか言ってたな。芝草に用事があるからと」
「そうそう、なんか楽しそうに向かって行ったわよ。でも、だいぶ前の事だからもういないんじゃないかなぁ」
(格納庫に何の用があったんだろう。定期点検は終わってるし、昨日戦った時にも異常は見受けられなかったはずだけど。急にコクピットの椅子の高さでも変えたくなったのかな)
 ゴオの行動に不審げなものを感じたが、追いかけなければゴオは見つからない。笑い転げてしまったおかげで時間も食ってしまったし。とりあえず追いかけようとセクションを出る事にした。
「ありがとうございます。じゃ、ゴオちん見つけに行くんでこれで失礼します」
 ぺこりと頭を下げて走り出す。が、手の中にさっき見ていた恐怖の写真を握っていたままだと言う事に気づき、一応返しておこうときびすを返して一度来た道を戻った。
 セクションに近づくにつれ、影丸の声が廊下に漏れ聞こえてくる。何やら誰かと話しているようだ。
「──ああ、今の所時刻に大きな乱れはない。この調子でそっちも頼む。我々は向こうに行くから──」
 誰かと連絡を取っているようだったが、写真を渡すだけだからと、杏奈は構わずセクションを覗き込み、声をかけた。
「あのー……」
 びくっ! と中の二人が固まるのが判った。何か悪い事をしたのかと思い、ドキドキしながらそっとセクション内に入り込む。モモチーが転がるように走り出てきて、杏奈の前に立つ。二人の身長差も相まって、まさしく、立ちふさがるかのようであった。
「……どどど、どうしたの?」
「あの、これ……」
 二人の雰囲気や表情に鬼気迫るものを感じ、こわごわと写真を渡し、脱兎の如く逃げ出すことしかできなかった。
(なんであの二人はわたしを見てあんなに驚いたんだろう。わたしがいなくなったとたんに連絡? 時刻に乱れはないって?)
 格納庫の方へ向かいながらも、杏奈は影丸たちの行動に疑問を覚えていた。
「──もう、チーフってば杏奈ちゃんの影も形もない事を確認してから連絡して下さいよ。また準備終わってないみたいですから、今バレたり戻られたりしたら元も子もありませんよ」
「すまんすまん。まさか、戻ってくるとは思わなかったから」
「まあ、もう大丈夫だと思いますけど。とりあえず私たちももう向こうに行かないと」
「そうだな。時間も迫っているし」
 

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