サプライズ。

5

 杏奈は格納庫までの短い距離を今度は歩いて行く事にした。走るほどの距離ではない、という事ともう一つ、先程の影丸とモモチーの態度にどうも引っかかるものを感じたので、考えながら行こうという結論になったからだ。
(わたしが来た時にビックリしていたって事は、わたしに聞かせたくない事を話していたからに違いない。でも、聞かれたら困るような話って何?)
 考えても思い当たる節は思いつかなかった。うーんうーんと下を向いて悩んだまま格納庫に入る。すると、入り口付近でどすん、と誰かにぶつかってしまった。不意の出来事だったので、思い切り尻餅をついてしまった。
「いたーいっ」
 ぶつかったのは柳沢であった。あわてて手を伸ばして起こすのを手伝ってくれる。
「あ、杏奈ちゃんごめん、大丈夫だった?」
 だがしかし、お世辞にも筋力があるとは言いがたい柳沢では、杏奈を引き起こす事はできなかった。しばらく引っ張ってくれていたのだが、いっこうに埒があかない。結局よっこいしょっと自分で起きあがった。柳沢はバツが悪そうに頭を掻く。その時、背後から怒鳴り声。
「コラァ柳沢! そこで何をやってる!」
「すすすみませんおやっさん」
 大きな声に驚いた柳沢はピョンッと飛び上がり、慌てて駆け出して行った。杏奈が声のした方を向くと、芝草がゆっくりとこちらにやって来ていた。ぴょこんと頭を下げる。
「よお。何か用か」
「さっき指令セクションで聞いたんですけど、ゴオちんがこっちに来たって聞かされて。ゴオちん、来ました?」
 芝草はポンと手を叩く。
「ああ、さっき来たぞ。この間ビールをおごってやったんだが、それのお礼だからとツマミを持ってきてくれたんだ」
「でも、もういないんですよ……ね」
「来たのはだいぶ前だったからなぁ。おーい、そこいらへんでゴオを見かけなかったかぁ」
 芝草が大声で問いかけると、芝草チームの面々が持ち場を離れ、ゾロゾロと彼の周りに集まってきた。
「いやー俺らは見なかったっすよ」
「そもそも、格納庫に来た事さえ私たちは知らなかったっす」
「私さっきちらっと猿渡さんとおやっさんが話している所見ましたけど、それ以降は作業に夢中でしたから」
「ボクも杏奈ちゃんしか見てないです」
「ってことは、誰も見てないってことになりますね」
 皆それぞれのの勝手な意見を総括して、杉山が締めくくって芝草に報告。それを聞いた芝草はすまなそうに杏奈に謝罪をする。
「すまんな。俺以外は見ていないみたいだ。この先どこ行くとも言ってなかったから、自分の部屋に帰ったんじゃないかと……」
 と、急に芝草は少し顔を歪め声を途絶えさせる。言葉を切るにはあまりにも不自然すぎた。不審に思った杏奈がよくよく注意して観察してみると、林と柊が両脇から芝草の脇腹をつねり上げていた。痛そうな顔のままで、芝草はとぎれとぎれに言葉を絞り出す。
「ああ、でも何か言ってた気がするな、えっと、なんだっけ……」
 それは痛みに耐えかねて言葉がでないのではなく、何か考えながら話している様子であった。
(──おかしい。皆の態度はおかしすぎる。何か企んでるっ)
 ここまで来て、杏奈は皆の行動がおかしいという事に気づいた。
 ゴオの行方を聞いたあと、帰ろうとすると必ず引き止める。しばらく長居をさせようとする。
 静流は転んで、光司はご飯をおごって、影丸とモモチーは変な写真を見せるのをじらす事で。
 そして、食堂で聞き流してしまった光司の声、さっきの指令セクションでの影丸のあの通信。確実に自分を何かに誘い込もうとしている。っていうか皆が私を騙してるっ!
「ゴオちんはどこですかっ? なんで皆ちゃんとした答えを教えてくれないのーっ!?」
 キレた杏奈は空に向かって叫んだ。叫ばずにはいられなかった。手が付けられない状態になった杏奈を皆遠巻きに見守っていたが、しばらくすると柊が肩を抱いてどうどうと慰める。
「ごめんね杏奈ちゃん、私たちも詳しい事は知らないの。ただね、少しでも長くここに引き止めておけって言われただけで」
 柊の弁解に、嘘かどうかを値踏みするかのようにじっと皆を見る杏奈。しばらく押し黙ったあと、ぼそぼそと声を発した。
「誰がそんな事、言ってたんですか?」
「……博士っす」
 おそるおそる林が首謀者の名前を挙げる。途端、杏奈は傍にいた皆をなぎ倒し、目にも留まらぬ早さで走り出した。その方向はベースの奥、霧子の研究室の方。芝草が慌てて内線電話をかける。
「すみません博士、やっぱり誤摩化しきれなかったんで博士の名前を出してしまいました。今そちらへすごいスピードで向かってますので、よろしくお願い致します」
 受話器を置いたあと、ホッと息をつく芝草及び芝草チームの面々。林が倒れたままの森本を抱き起こしながら言う。
「しかし、最悪博士の責任にしろと言われたからこうしたっすけど、本当にいいっすか? なんか可哀想っす」
「まあしょうがないでしょう。博士も一枚噛んでいるのは確かなんですし、それでいいってことにしちゃいましょう。肝心の事はまだバレていないんですし」
 杉山がずれてしまったメガネをかけながら、林の疑問に答えを出す。周りもうんうんと頷いた。
「じゃあ、とりあえずボクたちも向かいましょう」
「そーだそーだ。早く行かないと何にも手伝えなくなる」
「やだホント。おやっさん、早く行きましょう」
「おいおい、引っ張るなよ、とん子」
 

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