アミューズメント・パーティOnLine
8  強靱超能力

「え、お前本当に昨日のあの事故の中にいたのか? 本当かよ、おい」
 雪崩山は半信半疑で再び尋ねた。飯島は嫌そうに頭を縦に振り、辺りを見回した。
 広い学生ホールには、土曜日の午前中にもかかわらず、かなりの量の学生がうろうろしていた。全く見知らぬ彼らにまで、昨日の事故のことを根掘り葉掘り聞かれているような気がする。飯島は大テーブルの反対側にいる雪崩山にぐぐっと近づくと、小声でぼそっと言った。
「頼むよ。俺がそういうの嫌いなのは知ってるだろ?」
「いや、話してもらうぞ。もしかしたら、俺の体験と関係があるやもしれんからな」
「お前の体験? 何だそりゃ」
 雪崩山は周囲にちらっと眼をやり、すぐに視線を飯島に戻して続けた。昨日の出来事──謎の濃い霧、黒ずくめの安藤と広樹の襲撃、広樹の到底本人の力量とは思えないPK攻撃、脳への直接干渉、そして彼らが誰かの指令で逃げ帰ったこと……。その時の、彼らのセリフ。
「山崎里美は君たちの手に負える代物じゃない。おとなしく渡せばそれでよし、渡さねば君たちはおろか山崎里美を含む周囲の人間にも迷惑がかかる、と……」
 飯島の顔面に一筋の汗が光った。その眼は、じっと雪崩山の眼を凝視していた。そのセリフが、数日前に聞いたあの強烈なテレパシーのそれと全く同じものであったからである。しかも、「山崎里美を含む周囲の人間にも迷惑がかかる」だと? 飯島の頭の中で、何かがカン高い音を立てて成立した。全く異質なものだと思っていた事件が、全く重なり合ってしまったのだ。自分を襲った人物が雪崩山を襲い、そして中央線を混乱させた……それが広樹と安藤? あまりにストレートに話がつながりすぎる。出来すぎではないか。飯島はそこまでを瞬時に考え、それからゆっくりと語り始めた。
「じゃ、中央線の事故は広樹と安藤が起こしたってのか? 雪崩山、冗談も休み休み言えよ。あの二人のどこにそんな能力があるんだ。それに、そうまでして彼らになにが得られるというのだ? 山崎さんを手に入れたいなら、こんなマイナスの作戦は取らないはずだ。ちったぁ考えてモノを言えよ」
 雪崩山はそこで飯島の語りを遮った。おもむろにサングラスをかけ、周囲から自分を遮断する。雪崩山お得意のポーズであった。そして、飯島に続きを話せと右手でジェスチュアする。飯島はその間、考えを整理出来るわけである。二人が長く一つの話題を話し合う時の、決まった仕種であった。
「つまり、お前の事件と俺の事件を真っ直線に繋げることはかなり難があるってことだ。そりゃ、これが全く一直線上の事件ならば、話はそれなりに簡単にはなるさ。でも、今度はE研がとてつもなく巨大な破壊エスパー集団ってことにもなりかねん。それはない、と思うぜ。小川さんからもその点はよく聞いてるし、第一あれで俺や山崎さんが怪我したり死んだりしたら」
「俺たちを殺すのが目的でないとは言い切れない」
 その雪崩山の言葉で、飯島は背筋に何か冷たいものを当てられたように感じた。そこまで言い切れるものなのか? 飯島は言葉を切り、まじまじと雪崩山の顔を見た。雪崩山は右手の人指し指でサングラスをずり上げ、ゆっくりと口を開いた。
「昨日のあの二人の行動は、かなり異常だった。邪悪な気みたいなものが漂っていた。あの霧のせいもあるのかもしれないが、あれは尋常じゃなかった。本気で俺をどうにかしようとしていたよ、あいつらは。本当の目的なんか分かりっこないけどさ、あれは……とにかく、一連の事件の犯人は安藤と広樹であると言っていいだろう」
 二人は無言でうなずき、しばらく会話を交わさずにいた。一限終了のチャイムが鳴り、ホールが少しざわめいた。それでも二人の超能力者は、向かい合ったままじっと黙って座っていた。その静寂の均衡を破ったのは、雪崩山の方であった。彼はゆっくりと席を立つと、ナップザックを肩にかけながら飯島に言った。
「俺は二限がある。飯島、今日の午後一時から喫茶セレファイスで臨時部会を行う。俺が帰って来るまでに誰かに会ったら、そう伝えておいてくれ。それと、安藤か広樹に会ったら」
「会わんだろ、多分」
「……そうか」
 雪崩山はホールを離れた。飯島は一人、大テーブルに突っ伏したまま考える作業を続けるつもりでいた。ざわめく学生たちを尻目に、飯島はぐるぐると回る頭の中を整理すべく作業に取り掛かった。
 安藤……広樹……本当に彼らE研のメンバーが電車を操作したり出来るのだろうか。山崎里美誘拐未遂事件とは、切り離して考えた方がいいのではないのだろうか。誘拐未遂事件……麻都須は、結局誰のことなのだろうか。安藤なのか、広樹なのか、それとも第三者なのだろうか。その第三者が仮に存在するとしたら、彼が中央線を蹴っ転ばしたとしたら……!!
『山崎里美は君たちの手におえる代物じゃない。おとなしく渡せばそれでよし、渡さねば君たちはおろか山崎里美を含む周囲の人間にも迷惑がかかる』
 飯島はびくっとして飛び起きた。例の声が頭の中に聞こえてきたような気がしたのだ。周囲を見回す。ホールの時計が十一時を指している。どうやら、勘違いのようだ。少しうたた寝をしてしまったらしい。飯島はほっと胸を撫で下ろした。額の汗を拭い、椅子の背もたれに身体を預け、一つ大きな溜め息をつく。
「飯島クン」
 突然背後から声をかけられ、飯島も今度は本気で飛び上がった。大きく鼓動する胸を押さえつつ、飯島は振り返った。声の主は予想に反して意外な人物であった。
「あ……石原さん。雪崩山なら二限」
「知ってる。今日はちょっと飯島クンにお話があるの」
 何か、いつもの石原さんと違う。飯島はそう思った。黒いMAー1とミニのスカートはたまに見る服装であるが、顔の表情といい、その眼といい、何かが違う。いつも雪崩山と一緒にいる時の、あの彼女とは別人のようであった。勿論、飯島は雪崩山と一緒にいる麗子を見たことはないのだが……。
「何でしょう」
「あの……」
 その麗子の口篭った表情から飯島は、何やらただならぬものを読み取っていた。
「ここじゃまずいかな?」
「ちょっと……」
 それでは、と言って飯島は椅子から立ち上がり、二人は連れ立ってホールを出た。


「ちゃーす」
 結局、連絡のとれたAPメンバーは名東と割澤、藻間に五六の四人だけであった。雪崩山がセレファイスに来た時には、この四人は既に到着していた。雪崩山は奥のボックスに座るとマスターにアイスティーを注文し、皆の表情をうかがった。四年の二人は怪訝そうな表情をし、二年の二人は何かを熱っぽく語り合っていた。
「名東、他の人々は?」
 名東は初めて雪崩山の存在に気づいたらしく、慌てて挨拶すると、その問に答えた。
「えっとですね、加藤さんはバイト、瀬川さんは不明、飯島さんも不明です。山崎さんはいまに来ますよ」
「飯島は知ってるからいい。遅れても来ることは来る奴だから。御苦労さん」
 雪崩山はそう言うと、腕を組んで壁の絵を見た。美術については全く知識のない雪崩山の、唯一のお気に入りの絵がそこには掛かっている。それは、藻間が描いた故・雪崩山三郎の肖像画である。割とデフォルメが成功していて、いい印象を与えてくれる絵である。藻間のセンスの良さを改めて知らされるものの一つだ。
「ん?」
 話に夢中になっていたはずの割澤が、突然その顔を上げた。名東は話をはぐらかされたと思って少しむっとしたが、どうやらそうでもないらしい。割澤は、空の一点を見たまま動こうとしなかった。
「何だ。何があったのだ」
 その名東の問も割澤には届いていない様子だった。そんな頃、喫茶セレファイスの前の細い路地の突き当たりにある出版社の小さな倉庫では、一つの行動が開始されていた。
「どうだ反山、見えるか?」
 暗い倉庫の中に、二人の人物が潜んでいた。一人はあの生っ白い蛇のような男、安藤善。もう一人は、E研の二年生、反山考三郎。千里観の持ち主である。反山は一心に念を集中していた。
「うすぼんやりとしか……人の数は六名……」
「ふん、APの連中め。私たちが〈光の都〉の位置を知らんとでも思っていたのか。貴様らの思うことなど何でもお見通しだ」
 安藤は薄気味悪い笑みを浮かべ、反山に再び言った。
「反山、山崎里美はいるか?」
 反山は念を集中しながら、セレファイスの周りを取り囲んでいる障壁のようなものに苦戦していた。一体あの霧みたいなものは何なんだ?
 千里観は遠くの物を見ることの出来る能力であるが、透視とそれほど変わらないような印象を持たれやすい。透視との違いは、透視は目の前にある物体の内側を見透かす能力であるが、千里観は遥か離れた見知らぬ土地を正確にイメージする能力である。
 透視と千里観の区別ははっきりしているわけではないが、テレパシーと千里観の区別ははっきりとしている。テレパシーは主に生き物の心を中心にその能力を発揮するが、透視や千里観は対象物の心とは全く無関係にその能力を発揮する。安藤はテレパスであるが、千里観能力はない。
 よく超能力の実験と称して行われる、ゼナーカード(ESPカードとも呼ばれる)の裏面を読む実験は、従ってカードの裏を「見る」透視試験と、裏を「読む」テレパシー試験の二種類を考えなくてはならない。つまり、カードの裏を透かし見る力と、実験者の見ているカードの裏を実験者の心から読む力は、別物であるということである。
 反山は手にしたノートにイメージ画を描き込んでいった。どうやら、女性は存在しないらしい。女性の声は聞こえない、と反山は安藤に報告した。安藤は腕組みをしながら考えごとをしていた。その眼は、細く開けられた扉の外へ向けられていた。
「お、ナイス」
 そこに、ピンクのジャンパーを着たミニスカートの少女が通りかかった。まさしく、山崎里美その人である。背中に革のカバンを背負い、長い髪をたなびかせて里美はセレファイスに入っていった。「こんにちはー」という明るい声が、安藤の耳にも届いていた。安藤の表情が、再び薄気味悪い笑みになる。
「よし、役者はそろったようだな。あとは指令を待つのみ、か。おい、中に雪崩山と飯島はいるか?」
「そんなの分かりっこないでしょ」
 千里観は覗きの道具ではない。あくまで見えるのはイメージである。反山は、ただでさえ覗きのようなことを安藤に強要されて弱っているのに、この言葉のお陰で完全にヘソを曲げてしまった。なんで自分が苦労してまでAPの動向を覗く必要があるのか、彼にはさっぱり理解出来ないのだ。彼は悪気があってセレファイスを覗いているのではなく、安藤という先輩に言われて渋々言う通りにしているというだけなのであった。
「ほお、あれは安藤さんと反山君ではないか」
 割澤の声で、セレファイス内の全員が緊張した。割澤は眼を細め、さらにゆっくりと言った。
「我々の人数を数えているみたいだな……山崎さんの来店を肉眼で確認したらしい……雪崩山さんと飯島さんの存在確認を強要している」
「安藤が反山の千里観を利用してセレファイスの中を覗いているってのか? 割澤!」
「そのようです。ただ、僕のように相手は鮮明な画像を得てはいないようですね。概念図を作ってますから」
 雪崩山は思わず腕捲くりをした。隣で紅茶を飲んでいた里美はきょとんとしてその光景を見ていた。名東が割澤を捲し立てる。
「で? 奴らはどこでここを覗いているんだ?」
 割澤は再び空を見つめた。額に汗が光る。室内が全くの無音状態になる。マスターも、コーヒー豆を挽くその手を止めていた。割澤の手がすっと扉の方に伸びた。全員がその方向を見る。
「正面の倉庫らしい。安藤の心の中には鮮明に山崎さんの後ろ姿が焼きついている。反山も疲れ気味で、僕に逆スキャンされているのに全く気づいていない」
「とうとうシッポを出したな、E研め」
 雪崩山はいよいよ語気荒く、ライダーブーツのかかとをコツコツと鳴らし始めた。五六も藻間も、さすがに憤慨の念を隠し切れないでいた。
「まさか本当だったとはな。E研も地に堕ちたもんだ」
 そんな雰囲気の中、里美だけはいつもの控え目な調子で紅茶をすすり、平静を保っていた。
 カップをソーサーに置き、苛立つ雪崩山の脇腹を人指し指でつついて何かを言おうとしているのだが、雪崩山はかなり興奮しているらしく一向に気づかない。いくらつついても、全く反応がない。里美はしばらく考えてから、ポンと手を打って雪崩山の左の耳をつまんで引っ張った。
「だ─────ッ!?」
 たまげた雪崩山は思わず飛び退き、壁に後頭部を激突させていた。その轟音が室内に共鳴し、再び静寂な空気がセレファイスを支配した。誰もが、雪崩山が安藤たちに何らかの方法で攻撃されたと勘違いして二人の方を凝視した。途端、顔を真っ赤にしてうつむく里美。
「……何でもない、何でもないよ、諸君。話を続けて」
 高鳴る心臓を押さえつつ、雪崩山は皆に言った。皆は理解出来ないまま、元の状態に戻った。
「な、何? 山崎さん」
 真っ赤になったまま、雪崩山の問にも答えられず、里美はずっと下を向いていた。里美は、飯島の消息を雪崩山に尋ねたかったのだが、そんなことも今は口にすることも出来ず、ただひたすら真っ赤になってうつむいていた。


「俺には相応しくないね、こういう喫茶店は」
 麗子と向かい合いながら、飯島は店内を見回して言った。麗子はくすっと笑うと、前髪を少し直す仕種をした。
 二人は、新宿の喫茶店「ぷあぞん」に来ていた。一面ガラス張り、天井には無数のシャンデリア、床には真っ赤なじゅうたん、生バンドが静かな曲を演奏し、椅子も机もアンティーク。麗子が紹介しなければ、飯島には全く関係のない世界で終わっていたであろう、そんな雰囲気の店であった。
「一度、夜に呑みに来たいね。そんな感じの店だ」
 冷えたコップにハイネケンを注ぎながら、飯島は麗子に言った。また同じ笑みが返ってくるものばかりと思っていた飯島は、その時見せた麗子の陰のある表情に少しばかり驚いた。そして、話を聞く体制を作った。
「で、話とは? 相談相手に選んでもらったのは光栄だけど、雪崩山にも話せない内容なのかい?」
 麗子は雪崩山の名を聞くと、顔を上げて飯島の眼を見た。その口がゆっくりと、しかし確実に言葉を選ぶように開かれた。
「実は……何から話してよいものやら……」
 十日ほど前に似たようなセリフを吐いたことのある飯島は、麗子に言った。
「順番は関係ない。問題は、後で整理すればいい。一番最初に口から出る言葉こそ、最も言いたい部分じゃないのかな。僕は、言うなと言われたら絶対に口外しない。約束するよ」
 やっと麗子の気の迷いも取れたらしく、彼女は喋り始めた。内容は、雪崩山との交際の事実から始まり、その始まりとはおよそ掛け離れた内容へと変化していった。彼女の口から発せられる飾り気ない真の言葉は、飯島にとっても驚異の内容であった。
「え、ち、ちょっと待った。今、何て言った?」
「小川先輩に指摘されて気づいたんだけど……広樹や安藤は確かに変わったわ。広樹は以前にも増して私に近づいてくるし、どこで知ったのか、彼との仲も知ってたわ。安藤に至っては、時々この新宿界隈で黒ずくめの男と会ったりしてるの見たもの」
「黒ずくめの男って、広樹じゃなくて?」
「違うわ。広樹も安藤も、普段は黒いコートとかは着ないし、第一背が違った。広樹は一七五くらいのはずだけど、その男は間違いなく一八五はあったもの」
 麻都須だ! 飯島は確信した。ついに麻都の存在を確認したわけである。麻都は存在した。そして、里美誘拐の首謀者も、広樹や安藤以外に存在したわけだ。
 では、全ての事件はこの麻都須が起こしたのか?
 それは断言出来ない。現に昨日、雪崩山は安藤と広樹に襲われている。飯島の頭の中は、高速演算コンピューターと化していた。
「その男に見覚えは? E研の人間じゃないんだね」
「ええ。OBにもいないと思うわ。安藤の個人的な先輩か何かかしら。ゼミの先輩とか」
 もう一つ、何か鍵が欲しい。まだ、手駒が足りない。謎の解ける所には到らない。飯島は苛立った。
 麗子は、まだ自分の言いたいことを半分も言っていなかった。麗子の話の核心は勿論雪崩山の所にあったのだが、飯島にとってそれは(聞き手として無責任ではあるが)不必要な部分であった。二人の会話は、僅かにずれながらも続いていった。


「名東、飯島を捜して来てくれんか? 近所のいそうな所を回ってさ。まだ一時には数分あるけど、非常事態だ」
 雪崩山のその依頼で、名東は立ち上がって白いジャンパーを羽織った。「済みません、出入りしちゃって。少し出て来ます」とマスターに一言言って彼は外に出た。
「何! 知られていたのか? 読まれていたというのか? 我々の行動が……」
 外に出た名東の頭の中を読んで、安藤は驚きを隠せないでいた。名東の心の全てを読むことは不可能であったが、その表層にあったキーワードをつなげただけでも、反山の行動が逆スキャンされていたことは明白であった。反山はそれを聞き、がっくりと肩を落とした。
「中の割澤君が気づいたんですね……彼の力量の方が僕よりずっと上ですからね……これで僕も悪者呼ばわりされるんだなあ……」
 甘かった……安藤は悔やんだ。APにそんなに優れた千里観を持つ男がいたとは……知らなかったとはいえ、計画が狂った。ここの位置すら知られているかもしれない。彼は焦った。
「安藤……大きなミスを犯してくれたな」
 はっとして振り返る両名の後ろに、黒い装束に身を包んだ長身の男が立っていた。その眼は怒り、形相は鬼のようであった。反山はその威圧感に押され、ついには失神していた。
「麻都さま、申し訳ありません。まさかこのような……」
「敵の方が一枚上手だったわけだ。約に立たん奴だな、お前は。今までに何回失敗を繰り返したのだ?」
 震え、縮み上がった安藤に、麻都は刺すような視線を投げかけた。途端、また安藤も失神した。
「私のことまでは悟られていないだろうな、広樹よ」
 物陰から、霧に包まれた広樹が出現した。その眼は雪崩山を襲った時と同じく、死人のものであった。無言でうなずく広樹に、麻都は安藤と反山の二人を自分の前に横にさせ、彼自身はその後方であぐらをかいて座り込んだ。
「今となっては生かしておくのも厄介だ。しかし、直接殺してしまうには忍びない。エスパーにはエスパーなりの死に方というものがある」
 その頃、名東はホールに戻っていた。彼は随時割澤とテレパシー通信をしながら、飯島を捜して歩いていた。
(どうだ、向こうさんの様子は)
(しばらく前にブロックされて、今は全然見えないね。どうやら親玉の登場らしい。そんなイメージだ)
(親玉ぁ? 安藤さんの親玉って、広樹部長か?)
(さてね。はっきりしたビジョンは入って来ない)
 校舎を出、前庭を横切って学食のある別棟の校舎へ向かう途中、名東は不意に脳を直撃されてうずくまった。
『山崎里美は君たちの手におえる代物じゃない。おとなしく渡せばそれでよし、渡さねば君たちはおろか山崎里美を含む周囲の人間にも迷惑がかかる』
 頭を抱え、絶叫し、アスファルトにうずくまる名東を、周囲にいた人間は心配そうに見、中には声を掛けてくる者もいた。それほど、名東のようにテレパシー能力を持つ者にとってこの攻撃は効くのである。
 顔面蒼白になりながらも名東は立ち上がり、前庭脇の水飲み場で頭から水を被って正気を取り戻した。そして、視力の回復するまでの数秒間に、事態が急変していることに気づくのである。
「!! 通信が妨害された!?」
 割澤とのテレパシー通信が完全に断ち切られていた。まるで自分にテレパシー能力がなくなってしまったのではないかと誤解するほどに、一気に通信が途絶えてしまったのだ。名東は急いでセレファイスに向かって駆け出した。
 同じ状態は、セレファイスの方にも起こっていた。冷静な割澤が取り乱してしまうほど、強烈な妨害であった。
「雪崩山さん、駄目です。名東との通信が一切出来なくなりました」
「何だって?」
 がばっと立ち上がる雪崩山。五六も藻間も心配そうな表情をした。事態の把握しきれていない里美以外の四人のAPメンバーは、事態が急変したことに気づいた。何かが起こっているのである。
「何か、ピンクのもやが掛かったみたいに見える。外を透視出来ない」
『当然だよ、割澤君。もう、どんな能力も通用しない』
 不意に、脳に直接声が響いた。テレパスでなくとも感じることの出来る、今回の一連のあの声である。この声を聞いた途端、割澤が苦しみだした。急ぎ心の準備をして、この邪悪なテレパシーをブロックしなければならない。それほどに強力なテレパシーがセレファイス内にぶつけられたのである。
『はっはっは……諸君はここでゆっくりとしていってもらうよ。その、中にいるお嬢さんを渡してくれるというのなら、話は別だがね』
 里美は半ば放心しながら立っていたが、やがて糸の切れた人形のように雪崩山の腕の中に倒れた。雪崩山が大声で返答する。
「貴様か! 昨日既に返事はしてあるはずだぞ! 姿を現せ、何様のつもりだ!!」
 くっくっくっという笑い声が店内に響いた。耳から入る音ではないことはわかってはいるのだが、既に皆、このテレパシーを耳から聞こえる声のように感じていた。それだけ精神を麻痺させられているのだ。
『お嬢さんにはお久し振り、残りの諸君には初めまして、かな。そこの、青いシャツのお兄さんには以前コショウをかけてもらったことがあるな』
 藻間ははっとした、以前、下宿の中華料理店「白楽天」でテレポートして逃げた奴がいた。こいつが?
『雪崩山君だったかな? 君にも一度、飯島君のアパートの近くでお目に掛かったことがあったね』
「あの、猫の前で壁抜けやった野郎!」
 雪崩山も思い出していた。
『しかし、名乗るのは初めてだな。私の名前は麻都須。お嬢さんの能力を手に入れたい者の一人だよ』
 里美は、雪崩山の腕の中で不安そうな眼をしていた。雪崩山は彼女を強く支えながら、壁の向こうに存在するであろう麻都をにらんだ。テレパシーが強いせいか、全員が放射されているであろう方向を見ていた。
『私には超常能力研究会もアミューズメント・パーティも関係ない。彼女が欲しいだけだ。彼女の能力がな。おとなしく渡してくれるなら、このまま君らには危害は加えない。だが、拒絶した場合は──』
「おーいッ」
 大声がセレファイスに近づいて来た。名東が急いで帰って来たのである。足音が扉の外まで来て跡絶えた。息を整えている様子が伺える。そして、扉を引き、「一体何があったんだ──わぁッ!!」そのまま名東は勢いよく外に弾き出された。
 その光景を見ていた全員が、息を飲んだ。名東は頭を二・三回振り、再び開きっぱなしの入口に近寄った。恐る恐る足を入れ──ようとしたが、全く同じように同じ距離だけ弾き飛ばされ、地面に突っ伏した。
「何だ!?」
『くっくっくっ……精神障壁だ。ESPやPKを弾き返すだけでなく、僅かでもESPやPKの類を持つ人間は、その壁を潜ることが出来ない。君たちは、死ぬまでその狭い喫茶店の中だ。少なくとも、私の力は君たちが力尽きるまでこの障壁を張っていられるぞ』
 麻都の笑い声が店内に再びこだました。悪い冗談にしか聞こえない。精神障壁? しかし、現実に名東はセレファイスに入って来られない。一体何がどうなっているのか。混乱は混乱を呼び、真実は見えなくなる。五六も藻間も雪崩山も名東も割澤も、皆混乱しながら事実を把握しようと躍起になっていた。
『さあ、お嬢さんを渡していただきましょうか。それ以外、君たちを助ける手はないのだよ』
「名東、聞こえるか? 飯島を捜せ! もうお前と奴しか外にいる味方はいないんだ」
 その雪崩山の叫びに近い声を聞いて、名東は再び街の中へ飛び出していった。非常事態である。緊急事態である。飯島を捜す、もうこれしか手がない。名東は、力の限り走った。
「飯島さん……」
 雪崩山の腕の中で、里美は思った。彼はきっと、助けに来てくれる。きっと……。

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