「でもさぁ、センセイなんだかんだで紫穂との約束守ってたよなぁ。何かあっても必ず連絡とか入れてさ。でも今日に限っては全く連絡も何もないんだろ?」
ゲームを放り出して薫は葵ととともにソファの上に膝を抱えて座り、問いかけた。その言葉に葵はこくんとうなずく。
「帰り道ずっと一緒におったけど、最初にメールを送ったあとは一切携帯を触る仕草はなかったから、来てないんやと思う」
「そうか……」
薫は小さく嘆息する。
賢木と紫穂が付き合いだして、一年近く。小さなケンカなんかはいくつもあったけど、すぐにこっちが見ているのもどうかと言うくらい仲良くなってて。だからいつも微笑ましく二人を見てたけれど。
今回みたいな事態は初めてだから、薫も葵もどう紫穂に対して接すればいいのかが判らず困惑してしまっていたのだ。
「とりあえず、寝室に行って紫穂の様子をうかがってみようか」
「……そやね」
ぽん、とソファから飛び出すかのように薫が立ち上がった、その時。
「ただいまー」
玄関から聞き慣れた声がした。
しばらくして、リビングのドアがあいて皆本が顔を出す。
「おかえりー、皆本」
「お帰りなさい、皆本はん」
二人の挨拶に微笑んで、皆本はそれから部屋の中をきょろきょろと見渡した。意図に気づいたのか、薫が声をかける。
「紫穂ならいないよ。今、寝室にこもっちゃってる」
「そうか、ありがとう」
一言言い残して皆本は足早に三人の寝室へと向かった。気になって、薫と葵も彼の後を追う。コンコン、と軽くノックをし、皆本は中へと声をかけた。
「紫穂、今入っても大丈夫かい?」
しばらくの、沈黙。ややあって、小さな声が聞こえてきた。
「……平気よ」
三人が中へと入ると、紫穂はベッドの上でちょこん、と座っていた。泣いていたとか、そういった感じは見受けられないけれど、落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだった。そんな彼女の頭を、皆本はぽんぽん、と軽くなでる。
「多分賢木は紫穂に連絡を取りたくても取れないんだと思う」
「皆本は何か知ってるのっ?」
紫穂より早く、薫が皆本に詰め寄った。葵もじっと、彼を見つめる。紫穂は小首を傾げて皆本の言葉を待った。
「ほら、先日の君たちが出動した事件があっただろう、エスパー絡みの」
ああ、あの事件ね。と紫穂はぼんやりと思った。
その事件とは、エスパーがわざと起こした大規模な交通事故だった。能力を使ってわざとスクランブル交差点で事故を起こし、自らも死線をさまようほどの大怪我を負った、というもの。
予知が間に合わず特務エスパーたちが到着した時点ですごい惨状で。ケガ人達を助けるのが手一杯だった。多分皆本さんはそのことを言っているのだろう。それくらいは透視なくても判る。
「今日夕方、あの犯人が目を覚ましたんだけど……いきなり手がつけられないほど暴れだして」
怪我もまだ治りきってないのにものすごい怪力で、と皆本は言葉を続ける。
「医局の人間全員がかかりきりだった。彼を主に看ていたのは賢木だったから、それで何も連絡ができないんだと思う。実際、僕が帰宅する時もまだ、医局は大混乱してたからね」
「そっか……それじゃ、センセイが連絡もしないってのは不思議じゃないな」
薫が、合点がいったと言った風に呟く。
「……うん、それなら納得」
紫穂も連絡がないのは当然だと判って安堵した。やっぱり、何もアクションがないのは不安でしょうがないから。
「よし、じゃあ皆本はん、今日はもう一回紫穂の誕生日パーティーするってことでどうや? 昨日のは予行演習ってことで!」
葵が思いついたように皆本に提案する。それに紫穂はあわてて首を振った。
「いいわよ、葵ちゃん。だって昨日本当に充分すぎるくらいお祝いしてくれたじゃない」
本当に昨日はすごかったのだ。局長以下、B.A.B.E.L.内の顔見知りを集めてリビングで立食パーティー。色々な人にいっぱいお祝いしてもらった上に、あふれんばかりのプレゼント。三人がこっそり準備してくれていたサプライズパーティーだったのだ。
ただ、賢木は用があるとかで参加はできなかったのだけれど。
(昨日、会えていればきっとこんなに落ち込むことはなかったのかもしれないわね)
会えない寂しさをちょっと実感してふっと一瞬落ち込んだけど。けれど、今目の前には私のことを心配してくれる人たちがいるから。だから気にしないことにしよう。
一生会えないってわけじゃないし、明日になったらセンセイもきっと連絡してくれるはず。
「んじゃ、こういうのは? 昨日はみんなでお祝い、今日はあたしらだけでお祝い」
薫の提案に葵がキラキラと瞳を輝かせた。
「それ、ええわ! 賛成!」
皆本もそれは良案だとばかりに身を乗り出してきた。
「そうだね。昨日は局長が選んでくれた料亭やレストランの料理ばかりだったからね。今日は僕が腕を振るうよ。ありあわせだけど豪勢な料理を作ろう」
三人の計らいに、紫穂は本当に嬉しくなって、抱え込んでいた寂しさがすうっと抜けていった。
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